「なぜ」の正体――問いではなく、恨みの言葉
「なぜ、あなたはこれをしてくれないの」
「なぜ、もっと私とこうしてくれないの」
「なぜ、お金は私だけに入ってこないの」
「なぜ、あの人だけが成功するの」
一度でも、こうした言葉が頭の中を巡ったことが、おありではないでしょうか。おありだとしても、責めているわけではございません。ただ、この「なぜ」の正体を、少し知っておかれるとよいのです。
声に出して、おっしゃってみてください。胸のあたりに、じわりとした何かをお感じになりませんか。それが答えです。
「なぜ」は、問いかけではなく、恨みの言葉です
「なぜ」と口から出るとき、本当は答えなど求めていないものです。心のどこかに、ずっと消化しきれずにいる感情がある――相手への恨み、自分への怒り、うまくいかない状況への苛立ち。それが言葉となって出てきているだけなのです。
誰かに何かをわからせたい、変えさせたい、認めさせたい。その躍起になった感じに、心当たりはございませんか。
これは、癒されていない何かがある、というしるしなのです。恨みがある状態では、どうしても「相手に何かをさせよう」という方向へエネルギーが向いていきます。それは、ひどく消耗いたしますし、消耗した先に望むものが手に入るかといえば、そうとも限りません。思い当たる節が、おありなのではないでしょうか。
そうしたものは、どこかで「ああ、これだったのか」と気づくことで、すっとほどけていくことが多いものです。頭で「もうやめよう」と思っても、なかなかうまくいかないのは、感情の方がまだ追いついていないからです。ですから、感情の方から先に扱っていく必要があるのです。
内側でほどけると、言葉が変わる
興味深いことに、深いところで何かがほどけていくと、自然と言葉が変わっていくものです。
「なぜしてくれないの」が、いつの間にか「では、こちらにしてみようか」になる。
「なぜ遅刻するの」が「朝、起きにくいのなら、時間を遅らせてみようか」になる。
「なぜ私だけ成功しないの」が「今できることから、やってみよう」になる。
同じ状況でありながら、言葉の調子がまるで違うでしょう。恨みがあると「相手に何かをさせよう」とする。ほどけてくると、「物事を動かす」方向へと、自然に向かっていくのです。
そして、意識的に言葉だけを変えようとしても、うまくいきません。表面だけを整えても、内側が追いついていなければ、すぐに元へ戻ってしまいます。ですから、感情がほどける方が先なのです。ここが逆になっていらっしゃる方は、案外多いものです。
望むものを手に入れる方が、自然になさっていること
うまくいっている方は、「なぜ」をあまり使いません。うまくいかないことがあっても、思い悩まずに、すっと次の手を考えていく。それは、根性や努力の量の話ではなく、心の中に積み残しているものが少ないからこそ、動けるのです。
あなたが本当に望むものを手に入れるために必要なのは、もっと頑張ることでも、もっと考え込むことでもなく――内側にある、ずっと置き去りにしてきた感情と、きちんと向き合うことなのかもしれません。
事実を変えていけるのは、「なぜ」と問い続ける方ではなく、「どうしようか」に切り替えた方です。それは、おわかりのことでしょう。けれども切り替えられないのは、意志の問題ではございません。癒しの問題なのです。
「なぜ」とふと口をついて出てきたとき、少しだけ立ち止まってみてください。それは、誰かへの問いではなく、あなた自身からのしるしなのですから。