「ない」と思って探すから、ないのよ

はいはい、またその話ね。

「彼に愛情がない」「お金がない」「私には魅力がない」――もう、何百回聞いたかわからないセリフよ。でも、ちょっと立ち止まって考えてみて。それ、本当に「ない」の? それとも、「ない」と思って探してるだけじゃないの?

探し物ってそうでしょ。あると思って探したら、ある。ないと思って探したら、ない。これ、誰でも一度は経験あるはずよ。鍵とか、財布とか。なのに、人生の大事な場面になると、なぜかみんな「ない」前提で探し始めるのよね。おもしろいわよね。

ある女性が、彼の気持ちが見えなくて不安だ、って話していたことがあったの。「彼、私のこと好きなのかな」って延々と。でね、よく聞いてみると、彼はちゃんと連絡もくれてるし、会う時間も作ってくれてる。なのに本人は「愛情がない」って決め込んで、彼に証拠を出させようと必死になってた。証拠なんて、出されても出されても、不安な人には足りないものなの。だって最初から「ない」って決めて探してるんだから。

お金の話も同じよ。「今お金がないから、したいことは諦める」って言う人、ものすごく多い。でもね、お金がないなら、別のやり方を探せばいいだけの話。形を変えれば、できることって意外とあるの。なのに「ない」に固まっちゃうと、その先の道が一切見えなくなる。視野が狭くなるのよ、文字通り。

魅力についても、似たようなことを話す人がよくいるわ。「痩せないと魅力がない」「変わらないと愛されない」って。でも、その人をよく見てみると、ちゃんと魅力的なところがある。本人だけが気づいていない。これも「ない」と思い込んで、その思い込みに沿った現実だけを集めてしまっているのよね。

多少、楽観的に考えられる人、つまり「今までも何とかなってきたな」っていう経験を積んでいる人は、「あると思って探したら、ある」を自然にやってるの。そしてそれを、周りの人にも分け与えられる。その人の人生は、ちゃんと変わっていくものよ。

私は大丈夫、って思っていられたら、彼にしがみつく必要もなくなる。しがみつかないから、本当に愛される出会いが来る。お金がなくても、したいことはできるんだ、と思っていたら、形を変えてちゃんとできるようになる。自分はそのままでいい、って知っているから、人とも安らいだ関係が築けるの。

今、本当はあるのに、見えていないだけ。「ない」っていう感じ取り方に焦らなければ、見えなかった道も、ちゃんと見えてくるようになるのよ。

わかったら、もう少し肩の力、抜いてみましょ。

その「ほったらかし」、彼にとっては普通のことかもよ

はいはい、またこのパターンね。

仕事で知り合って、最初は普通に距離のあるやり取りだったのに、環境が変わって直接話す機会が増えた。そのぶん前よりフランクになった。ここまではよくある話よ。

問題はそこから。気を使ってくれてたはずなのに、どんどん自分都合で物事を進めるようになる。休日でも仕事の電話はかけてくるくせに、自分が休みの日は一切連絡なし。困ったときだけ頼ってきて、あとはほったらかし。怒ったら逆切れされて、「自分が大変なのをわかってるんだから理解してよ」とまで言われる。付き合ってもいないのに、なんなのこの距離感、って思うのも当然よ。

こっちはどんどん信用できなくなっていくのに、向こうは「信頼関係ができてる」って思い込んでる。直接連絡するのはやめようと言っても、嫌だと返ってくる。少しお互いに依存しあってる感じもあって、気持ちも切れない。本当は仲良くしたい、けど仕事相手と依存しあう関係には興味がない。付き合ってもしんどそうなのに、いなくなったら困る気もする。よくわかる、その堂々巡り。

実はね、恋愛が上手な人って、基本、対人関係そのものが上手なの。恋愛だけうまい人っていうのは、男性の欲求を一時的に刺激できているだけで、結婚後にあちこち問題が出てきたりするものよ。

つまり、異性からアプローチされやすい人は、異性・同性問わず、対人関係全般が得意な傾向にある。だから男女の会話のちがいを学んでおくのは、回り道じゃなくてむしろ近道なの。

まず最初に言っておくけど、あなた、彼に対して期待しすぎてるところがあるわよ。

会社関係で依存しあう距離感が嫌だと言ってるけど、彼のほうは異性かどうかにかかわらず、親しくなった相手とはそういう距離になるタイプなのかもしれない。あなたは本当に親しい異性じゃないとそんなに話したくないタイプだけど、彼は同性も含めて、仲良くなると仕事を超えて話すのが自然な人。だから休日に話すことがすぐ異性関係につながると考えるんじゃなくて、まずは友人として接する、くらいに整理しておくのがいいわね。

そのうち彼があなたを意識し始めれば関係が変わることもあるけど、長く親しい友人状態が続くと、逆に恋愛モードへのスイッチが入りにくくなることもある。これは覚えておいて。

さて、男性との付き合いで知っておくと得なのが、「自分のことは自分で決める」っていう鉄則。「あなたのためを思って気を使ってるんだから」っていう感覚は、けっこう女性特有の感じ方だったりするのよ。

休日に電話が来て、取りたければ取る、取りたくなければ取らない。LINEも、親しい間柄なら既読をつけたければつけるし、既読無視もある。友人関係ならそれをお互いにやってて、誰も気にしない。話したい側が話して、聞きたい側が聞く、それだけのこと。

仕事が忙しくて連絡がなくても、「ごめん、忙しくて連絡できなくて」なんて言い訳をいちいちしなくても、嫌われてるわけじゃない。親しい間柄にはそもそも、そんな発想自体がないの。

忙しいときは連絡しないし、頼りたいときは急に話しかける。でも相手を無理に助けようとはせず、頼ってきたら手を貸せる範囲で貸す。だから「ほったらかし」って感じるのは、向こうが冷たいんじゃなくて、あなたがしたいことをあなたから言っていないから、ってケースが多いのよ。休日に仕事の話がしたいのは、実はあなた自身だったりするでしょ。男性って、相手の領域には基本踏み込まないものなの。

逆に言えば、彼にしてみたら「休日に話したくないなら連絡しなくていい」というだけの話。それが友達というものなのよ。男性同士の付き合いでは、これを受け取った時点で「これはあなたがやりたいことだから、気遣いなく話していい」という許可になってる。

そして「したいことは自分からする」のも鉄則。休日に力を借りたいなら、あなたがそう言わなきゃ始まらない。彼がどう応じるかは彼の自由、っていうのが健全な関係なの。

彼は土日祝日は基本話したくないから電話はしない。けどあなたから連絡してもいいし、それに彼が応じてもいいし応じなくてもいい。彼が祝日に話したいから話す、それに対してあなたも取っても取らなくてもいい。これが自然な男女の距離感よ。

彼はあなたを友人だと思ってるから、これからどうするかはあなた自身が決めること。今後望む関係になるにしても、ならないにしても、休日に話す距離をもう少し変えたいなら、それは「あなたがそう思っている」からそうするべきもの。誰かがやってくれるのを待つものじゃないの。

休日に話を聞いてあげていれば、いつか好きになってもらえるはず――なんて思っていても、そういうのはまず起きない。そのあたりは一度、頭の中を整理してみて。

男性って、友人や知人だと思ってる女性にも、距離がすごく近いことがあるの。毎日ご飯に行くのにデートに誘われない、なんて場合、実は彼に彼女がいたりすることもある。異性として誘われない限りは、ただのいい友人だと思っているケースも多くて、そこの距離感をちゃんと認めたうえで対策をとるのが賢いやり方。

つまり、「これが私のちょうどいい距離よ」というのを言葉じゃなく行動で示せば、相手はそれを尊重してくれるようになる。言葉で説明しようとすると、「私はこうしてるんだから、あなたもこうして」っていう、女性特有の理屈に偏りがちなのよ。そうじゃなくて、休日に話したければ話す、祝日は仕事の話を持ち込まずに別の温度で接する――それを行動で見せれば、男性側もすぐにそれに合わせて変わっていくものなの。

これができてくると、相手との境界線が曖昧になりがちな部分が自然に整っていく。

男性同士の気軽な付き合いもできて、でも相手の都合に流されない。なおかつ女性らしい気遣いもできる。そういうバランスが訓練されてくると、「会ったことのないタイプ」「ミステリアス」なんて言われて好かれることもあるわよ。

言葉でくどくど説明するんじゃなく、行動で自分の望むものを作れるようになれば、愚痴も減っていく。

それ自体が、新しい魅力になっていくものなのよ。

叶わなくてもいいって思える人が、結局かわいがられるのよ

はいはい、また「甘えたいのに、うっとうしがられる」って話ね。

もちろん甘え上手には、相手をムッとさせない言い方とか、そういうテクニック的なものもあるんでしょうけど、そういう小手先のコミュニケーション論はいったん置いておくわ。

甘え上手って、要するに流し上手なのよ。それと、自分と相手の境界線がちゃんとついてる。

うっとうしいって思われる人は、流していかない。時間が止まったみたいに、うまくいかなかったことをずーっと考え続けるの。

同じ「こうしてね」っていうお願いでも、気楽に言って、相手が叶えてくれなくても「まあいいや」って思えるのが甘え上手。無意識のレベルで、「叶えてくれないといけない」「叶えてくれないのは怖いことだ」っていう前提が、そもそもお願いする動機になってないのよね。

逆に、なんだか深刻なテンションで頼んで、叶えてもらえないと自分には価値がないとか、すごくがっかりしすぎる体質の人が、うっとうしがられがちなの。

実はね、もともと叶わなくてもいいの。うっとうしがられたって、まあしょうがなかったな、で済む話。相手に「完全に自分をよく思ってほしい」っていう要求度合いが低い人ほど、結局甘えるのが上手な人だったりするのよ。

この理解、けっこう大事よ。「どうしても叶わないことは怖い」っていう思い込みの裏には、たいてい昔のトラウマが隠れてる。これに気づいて、その思い込みを少しずつ手放していくっていうのは、よくある変化のパターンなの。

それと、「こうした以上は、相手も自分にこうしてくれないといけない」っていう基準を持ってると、それって「自分と相手の区別がついていない」ってことなのよ。これがしつこく思われる根っこの部分。

実はね、うっとうしがられることも、失敗することも、相手は意外と気にしてないの。なのに、「こんなに私の願いが叶わない、こんなにしてもらえない」って、そこから一人でこだわって、なんとか解消しようと必死になるのが、重たく思われちゃう原因なのよね。

やっちゃったあ、頼んだのにやってくれなかった。
やっちゃったあ、少ししつこくなっちゃったあ。
やっちゃった、ちょっと嫌がられてるかも。

ま、いっか、また今度言ってみよう。この気軽さこそが、かわいらしさの正体なの。

「それでいいんだな」って、心の底からそう思えるかどうか。そこの差が、かわいがられる人とそうじゃない人を分けてるのかもしれないわね。

問題を問題視するほど、縁は遠ざかるのよ

はいはい、また「話し合わなきゃ」って思ってるのね。

問題が起きたら話し合う。それ自体はいいことよ。実際、話し合ってよかった、相手も心を開いてくれた、っていう時もちゃんとある。そこは否定しない。

でもね、「これは深刻な問題だ」「何とかしなきゃ」って身構えて、誰かに相談してまで「どうにかしよう」としてるのに、相手がまるで向き合ってくれない。むしろどんどん深刻になっていく……そういう経験、ない?

それ、もう答え出てるの。深刻になりすぎてるのは、相手じゃなくて自分のほうなのよ。

問題に視点が行きすぎて、「この問題がある限り私たちは幸せになれない」くらいに思い込んでると、相手からすれば「そんなに問題?」「それ問題なの?」って、ぽかんとされるだけ。こっちが深刻なほど、相手は引いていく。皮肉なものね。

ここでひとつ、意外な見方を出すわよ。その問題を「問題だ」って深刻に捉えてしまうのは、実はその問題があると「自分が自分でいられなくなる」からなの。たとえば、ほめられないとすごく嫌な気持ちになって、ほめてくれるまでほめさせようとする――そういう過剰反応のほうが、本当の問題だったりするのよね。

思い込みって、案外あとから入ってきたものだったりする。「こうでなきゃ嫌」っていうこだわりが、いつどこで入ったのか。親がそうしていたから同じ価値観を持っただけ、ってことも普通にある。そこを整理していくだけで、関係性がふっと良くなることは本当によくあるの。

例えば、ほめられなくても「まあいっか」くらいに思っていて、ほめてもらえなかった時に「えー、今がんばったのに、ぶーぶー」なんて軽く言える人は、結局ほめてもらえるようになる。

逆に、ほめてもらえないのが嫌で嫌で、「話し合おう、わかってもらおう」とこだわってる人は、その「問題視している」という潜在意識のほうが相手に伝わってしまって、相手を身構えさせてしまうのよ。

ここで大事なコツがひとつ。我慢しろ、って言ってるんじゃないからね。我慢はいつか切れるもの。意思はちゃんと伝えていいし、何でも話していい。

大事なのは、「問題視しすぎていることが、本当に問題かどうか」をまず検討すること。「自分が我慢して押し込める」のとはまったく違う話。我慢する人は、関係性自体を楽しめなくなって、自分だけが損してる気になって、それが相手にも伝わって、結局また別の問題を生む。そっちのほうが厄介よね。

気にしすぎていることを「引き出そう、引き出そう」とするより、「それ、本当に必要?なくても案外よくない?」って思えた瞬間に、人生がふっと変わる人、多いの。相手も一緒に変わっていく。

実は、年上の人が年下を自然に引き寄せるのって、まさにこの「問題を問題視しない」感覚が身についてるからなのよね。亀の甲より年の功、ってやつ。

もちろん、相手がちゃんと受け止めてくれて、良い話し合いができる場面もある。そういう時はちゃんと、双方にとって意味のある話し合いをすればいい。そこは分けて考えてね。

うまくいかせよう、何とかしよう、っていうその気負いそのものが、実はいちばん流れを邪魔してるの。わかったら、もう少し肩の力、抜いてみるのよ。

それがないと不安、を卒業する話

はいはい、またその話ね。

「これがないと生きていけない」「あれがないと安心できない」「あの人がいないと、もう……」って、あなたも一度くらい思ったことあるでしょ。

買い物、恋愛、肩書き、学歴、誰かとの関係、食べること。 中身はいろいろあるけど、構造はだいたい同じ。 強い言葉を使うなら、これ、依存よ。

何かが「ある」ときだけ安心できて、「ない」と落ち着かない。 そういう状態に、人は意外と簡単に入り込む。

これまでいろんな方の話を聞いてきて思うのは、結局こういうことなの。

自分が本当の意味で満たされる感覚を、自分の中で育てていないと、それ以外の何かでその穴を埋めようとする。 で、その「何か」がある間だけ安心になる。 なくなった瞬間、また不安になって、また求める。 これが、ぐるぐる回り続ける。

「ない」という不安から追いかけるのと、「まあ、大丈夫だろうな」という安心から動くのとでは、同じ行動でも疲れ方が全然違うのよね。 前者は中毒になりやすいし、後者は中毒にならない。 シンプルだけど、これ、けっこう大事な違い。

ちょっと自分の内側を覗いてみてほしいんだけど。

  • 人の意見に振られすぎる
  • 人の目を気にしすぎる
  • 自分で自分に厳しい基準を課して、それでしか生きてこられなかった

こういう癖、心当たりない? あるならね、そりゃ安定した心境って遠のくわよ。当然の話。

安心して、そこから動く。 これが本来の順番なんだけど、不安を埋めるために動く人のほうが圧倒的に多い。 不安から得たものは、一時的に興奮させてはくれる。 でも、その興奮、賞味期限が短いの。年月とともに、だんだんつまらなくなる。

最近、離婚が増えてるのも似たような話かもしれない。 本当に安心できる関係というより、「何かの不足を一時的に埋めてくれる興奮」が冷めたら、それで終わり。 そういうパターン、案外多いんじゃないかしら。

子どものころ、「あ、これだ」と思えるものに、じっくり向き合わせてもらえていたら。 その満足感がどんな感覚なのか、ちゃんと体で覚えられる。

でも、周りの大人が動揺して、「こうじゃないとダメ」みたいな基準を持ち込んできたら? 子どもはその基準に戸惑いながら育つことになる。 そうなると、自分の内側にある安心な感覚を起点に動く、ってことが、すごく難しくなるのよ。

ここで、一度立ち止まってみて。

「これがあるから安心」 「あれがあるから大丈夫」

じゃなくて。

「これがなくても、同じように安心であってよい」

そう自分に許可を出してみる。 できる範囲で、なるだけそうしてみる。 それだけで、行動の軸がぐっと安定してくるし、いろんなことが自然と解消しやすくなる。

「これがないと怖い」 「これもないと困る」

という思い込みで動くと、そりゃパニックになるに決まってる。 その痛みって、よく見ると、体の痛みじゃなくて心の焦りなのよね。 で、その焦りって、実は錯覚であることが多い。

これもあれもないと怖い、っていう「怖さ」自体は、別に持たなくても、ちゃんと欲しいものは手に入るの。

最近、不安を起点に動いて、興奮状態の中で「幸せ」を感じてきた人たちの疲れが、あちこちで見えてきている気がする。 「前はあんなに燃えていたのに、なんでこんなに冷めてしまったんだろう」って。 心当たりある人、きっと少なくないはず。

うまくいかせよう、満たそう、として動くその思いそのものが、流れを邪魔してることもあるのよね。 わかったら、ちょっとだけ、肩の力を抜いてみるといいわ。

彼のメールが気になって仕方ない、その正体

はいはい、またその話ね。

何年も共依存の関係を引きずったあと、ようやく次の人と付き合えるようになった。それは認めてあげる。スマホをチェックする癖もやめられた。なのに、相手がメールしてると「誰と?」って気になって、でも聞けなくて、結局ためこんで爆発する――そういう話でしょう。

気にしていることは、引き寄せる。覚えておいて。それだけ気にしてしまうのは、あなたの人生にまだ片付いていない宿題が残っているからなのよ。

おもしろい話をするわね。今までの恋愛を振り返ってみると、わたしはメールをする人とそもそも付き合わないの。気が付いたら、あれ、そうだ、と。メールが好きじゃない人だったり、ネットにあまり入り込んでいない人だったり、仕事のメールなら「仕事だから」とその場で切ってくれる人だったり。それと、ほかの人に関心を持たないタイプだったから、こっちも気にする必要がそもそもなかった、というだけの話。

携帯を見て気になる、ということは、潜在意識のどこかに「捨てられるんじゃないか」「自分以外の誰かを好きになるんじゃないか」「裏切られるんじゃないか」という思いが潜んでる、ということなの。

これ、恋愛だけに出るわけじゃないのよね。もしかしたら「自分は大事にされていない」という怒りがいつもくすぶっていて、それが友だち相手だとがっかりに、異性相手だと怒りに変換されているだけかもしれない。そういう思い込みは恋愛の場で強く出るけれど、根っこはもっと前から、「自分は大事にされないかもしれない」という予測そのものなのよ。

不思議なもので、気にしていると、ちゃんとそういう人と出会ってしまう。自分が気にして、相手にやめてもらう、という関係をわざわざ作ってしまうわけ。頭では「いい関係を築きたい」と思っていても、実際には「捨てられたくないから捨てないで、私以外を大事にするのはやめて!」という怒りを表明できる相手を、無意識に選んで絡みついていく。

たとえば、愛されたいという望みが強ければ、暖かさや優しさに強く惹かれる。でも同時に「愛されていない」という痛みを抱えていたら、「前は優しかったのに、どうして」と絡まる関係を引き寄せやすくなる。

だから逆説的だけれど、気にならなくなる=裏切られると信じていない=そもそも違う関係に変わっていく、ということなのよ。気にならないふりをするテクニックもあるけれど、それは「気にしないふりをしたら相手が好きになってくれることもある」という、ちょっと苦しい無理のしかたでしかない。

だからといって、何も言わなければいいわけじゃない。率直に、正直に話せることって大事でしょう? ただそれが、自分の思い込みや痛みから相手を脅したり縛ったりする方向に転ぶなら、それは相手の問題じゃなくて自分が整理すべき自分の課題、ということ。

良い率直さというのは、「一緒にいるときにメールするのってどう思う?」と聞いてみること。これは単なる好みの話。「もうもう、つまらないよーぶうぶう」くらいの拗ね方なら、かわいくて愛されるものよ。本当はそのくらい、可愛くて愛される人なの。愛されないとしたら、それは自分の中の痛みが大げさに反応しているからにすぎない。

相手が失礼だったとか、もっと話したかったとか、そういう率直な気持ちはそのまま伝えていい。でも「自分は大事にされていない」という思い込みから生まれる怒りは、自分の中の錯覚が映し出されたもの。それは自分自身で整理するべき、自分の課題なの。

自分が整理しないといけない問題は、不思議とどれだけ必死に伝えても相手には伝わらない。「大事にされていない」という思い込みがなければ、メールをしない人と自然に付き合うようになるかもしれないし、メールをしていても気にならない自分になっているかもしれない。

さて、ここで一つ宿題を出すわね。彼がメールをしているとき、自分だけ仲間に入れてもらえていない気がする、自分は見過ごされている気がする――その感覚、出てくるでしょう? それを「彼のせい」にせず、ただ体の中で何が起きているか、書き留めておいて。

これは整理したい課題なんだ、とだけ思っておけばいい。実はこれ、けっこう深いところまでつながっている話。お母さんが「自分は大事にされていない」という思い込みを抱えて生きてきて、その課題があなたに巡ってきているのかもしれない。あるいは兄弟の中で自分だけ愛されていない、という僻みが昔あって、自分自身と安心してつながる練習がまだ済んでいないのかもしれない。

思い込みが外れると、あなたはもっと魅力的になる。相手のことが気にならなくなった瞬間、なぜか相手のほうが追いかけてくるようになる、なんてことも普通に起きる。不思議なものよね。

それと、相手がほかの女性ともメールをしているタイプだったら、もう一段別の理解が必要になる。誰とでもたくさん出会いたいタイプの人って、相手の価値とは関係なくそうしたいだけ、ということがあるから。

自分の中に「愛されないのは私のせい」という傷があると、そういう浮気性の相手と勝手につながってしまう。でも「相手がメールしたい人、女性が好きな人なのは私のせいじゃない」とわかっていれば、そういう人を選ばずに自分を大事にしてくれる人と出会うか、そういう人であっても気にせず愛されていく自分になるか、どちらかを選べる。

ただ、今すぐ全部うまくできなくても別にいいのよ。怒らないようにしようとしても、今はまだ無理でしょうし。聞きたくてしょうがないんだから、それでいい。

だったら、こう言ってみたらいいの。「わたし嫉妬しちゃうタイプだから、誰とメールしてるか教えてくれると安心する」って、協力をお願いするだけ。あくまで「自分が嫉妬深いから、申し訳ないけど」というスタンスであって、「お前が教えないからこうなるんだ、お前が悪い」という立場には絶対に立たないこと。

欠点があっても、うまくいっている関係なら、そこを正直に出し合えば、ちゃんと助け合えるものなのよね。

今は何もできなくても、いろんな経験を重ねていくうちに、「あれ、嫉妬するのが当たり前だと思っていたけど、これも思い込みだったのかも。もう少し楽になっていい恋愛をしよう」と思える瞬間がくる。そこから、ちゃんと扉が開いていくものだから。

大事にしてくれない人ほど、好きになってしまう理由

はいはい、またこのパターンね。

異性関係がうまくいかない人には、だいたい二つの型があるの。

一つは、自分から好きになった相手に、都合のいい女として扱われたり、遊び相手として扱われたりするパターン。もう一つは、自分に強く興味を持ってくる相手が、たいてい育った家庭に問題を抱えていて、母親との関係がこじれていたり、DV気質だったり、攻撃的だったり、人格的に難しいところがあったりするパターン。しかもそういう相手は、こちらが冷めて離れようとした瞬間、すごい勢いで罵倒してくる。

ここまで聞くと、「私の運が悪いんでしょうか」って言いたくなる気持ち、わかるわよ。でも、これは運の問題じゃないの。

離れようとすると激高する人、というのが既にヒント

考えてみて。離れようとされただけで激高する相手って、そもそも落ち着きのない人なのよ。自分に都合の悪いことが起きると、すぐ感情が爆発する。そういう人を見抜く目は、実はあなたにちゃんとあるの。問題は見抜く力じゃなくて、見抜いた後にどう動くか、ってところ。

そしてここがポイントなんだけど、そういう人ほど、なぜか強く惹かれてしまうのよね。これ、不思議でしょ。でも種を明かせば単純な話。

「これ、私がなんとかしてあげないと」というセンサー

あなたの中には、無意識のうちに動くセンサーがあるの。

「この人、ちょっとかわいそうだな」
「私が声をかけてあげないと」
「私が悪かったのかもしれない、なんとかしないと」

このセンサーが、ものすごく強い力で働く瞬間がある。それは、相手があなたを大事に扱わなければ扱わないほど、強くなるの。意地になる、というやつね。大事にされないほど、放っておけなくなる。これが、自分を大事にしない人にばかり強く愛情を持ってしまう、いちばんの理由よ。

ここで注目してほしいのが、このセンサーって、誰に対しても同じように働くわけじゃないってこと。育った環境の中で、自分を大事にしてくれなかった存在に似た雰囲気を持つ人ほど、このセンサーが強く反応してしまう。だから、「なんとかしてあげたい」という気持ちが湧いた瞬間こそ、立ち止まるサインなの。

これ、すごく強い力で「やらないと」って思わせてくる部分だから、気づかないとそのまま流されてしまう。だからこそ、ここを止める練習がいちばん最初の関門になる。

止めると、まず関係が減る。それでいい

このセンサーにブレーキをかけ始めると、最初に起きることは、お付き合いが減ることなの。

「あの人、なんとかしてあげないと」と思って近づいていた相手との縁が、すっと切れていく。これ、寂しく感じるかもしれないけど、悪いことじゃないのよ。むしろここからが本番。

センサーが静かになった分だけ、本物の縁と関われる力が育ってくる。止めることと、新しい関わり方を作ることは、実はワンセットなの。片方だけやろうとしても、うまくいかない。

異性は「対等」であるという感覚を持つこと

もう一つ大事なのが、異性同士をどうしても「争い合う関係」として捉えてしまう癖。これがあると、関係はどうしても緊張したものになる。

そうじゃなくて、異性というのは完全に対等な存在だ、という感覚を自分の中に入れていくこと。上に立とうとも、下から救おうとも、どちらも対等じゃない関わり方なの。対等っていうのは、相手を心配して動かされることでもなく、相手に評価されようと頑張ることでもなく、ただ同じ高さで隣に立っていること。

心地よさを基準にする

「これをしてあげないと」というセンサーで動かされる関係から、「これは心地いいから一緒にいる」という関係へ。この移行が、結局はいちばんの近道になるの。

最初に、自分を雑に扱う人に対して湧いてくるあの感覚を止めること。次に、そこで生まれた余白に、心地よさを基準にした新しい関わり方を育てること。この二つを同時にやっていく。

止めるだけだと寂しくなるし、新しい関わりだけ探しても、古いセンサーがまた同じ相手を選んでしまう。両方並行して進めることで、ちゃんと違う流れに乗っていけるようになるの。

うまくいかない関係を何度も繰り返してしまうのは、あなたが悪いからじゃない。ただ、無意識のセンサーの設定が、ちょっとずれてるだけ。気づいたら、もう半分は終わってるようなものよ。

結婚を急ぐ人ほど、結婚から遠ざかるのよ

はいはい、またその話ね。

「次にお付き合いする人とは絶対結婚したい」って、そう思ってる人、多いのよね。でね、強くそう思いすぎるからなのか、なぜか出会う人は転職したばかりだったり、今は身動きが取れない事情を抱えてる人だったりする。不思議でしょ? でも全然不思議じゃないの。

よく聞く話がこれ。付き合って三ヶ月くらいで「結婚する気あるの?」と聞いてしまって、「今はちょっと……」と言われて、それで別れる。後になって、ああ聞かなければよかった、と後悔する。

三ヶ月で結婚の意思を聞いて、無理と言われて別れて、後で後悔した。ということは、その聞き方、あなたには合っていない、ということ。もしくは、ちょっと偏ってる。

結婚する気がなさそうだと感じたら、ぶわっとさーっと切ってしまう。そうじゃなくて、もう少しお付き合いを続けてみたらどうかしら。「3年は無理」って言われたなら、「じゃあ今はそのままで付き合おう、でも他の人も見ていく」くらいの軽さでいいのよ。だってそれは別にいいんだから。

そもそも、お見合いでもない限り、3ヶ月で聞くのはちょっと早い。最初から結婚の意思がなくても、穏やかに付き合っていくうちに、自然と決意する人ってたくさんいるの。そんなものなのよ。

まずいのは、結婚を最初に決めて、すぐに、と急ぐこと。それは普通、うまくいかない。怖いし、強迫的に伝わるの。好きかどうかを感じる前に「うわ、どうしよう」とストレスを感じさせてしまう。それじゃ、relationshipが始まる前に終わっちゃう。

ほら、波動って同じものを引き合うのよ。「結婚がないならなしだ」って怖がっていると、相手も同じ波動に入っていく。怖い、焦る、そういう感覚だけは見事に一致するの。考え方は立場で違うのに、波動は同じになるのよね。すぐ決めないとやめておこう、ってお互いそうなる。

だから、落ち着いている人がもてるの。そんなに早く言われても、相手だって決められない。だって、あなたのこと、まだよく知らないんだから。

なので、答えを急いで聞き出そうとせずに、まずは楽しくお付き合いに集中する方がいいの。結婚結婚って取引みたいにならずに、本当に良いところをちゃんと見てもらって、楽しんでみる。楽しんでいるのに結婚の話が出ないと、騙されたような気分になるんでしょ? でも、その焦りこそがまずいの。

そこで「じゃあ次の人」って切り替えるのは、あまり良い考え方じゃないのよ。最終的に良い結婚をするために、いろんな人と関わって、いろいろあっても乗り越えていく。楽しく過ごしているうちに、自分に合う人がわかってくる。そのほうが、ストレスもなく、結局は早いの。

楽しくない人と、どうして生涯を共にしないといけないの、って相手は思うものよ。だから、まずは楽しんでみて。しばらくしてから、上品に聞いてみてね。

うまくいかせようとする、その気持ちそのものが、一番うまくいかせなくしてるの。わかったら、もう少し肩の力、抜いたほうがいいわ。

同じ恋愛を繰り返すのは、納得していないだけ

はいはい、また同じパターンね。

恋愛ってほんとうに面白いの。表向きの「もう失恋なんてしたくない」っていう気持ちと、その奥にある潜在意識が、まったく違うことを願っている分野だから。

あなた、いくら「こんな経験は嫌だ」「もう失恋はしたくない」と言ったところで、そこで何かを学ばない限り、ちゃんと同じことを繰り返すように、ほんとはなってるのよ。

避けることだけしていたら、永遠に納得がいかない。だから納得がいくまで、同じパターンを何度でも繰り返す。問題から逃げようとすればするほど終わらなくて、逆に一度しっかりやらせてもらって、納得のいかなかった部分にちゃんと納得がいったとたん、あっさりさっぱり前に進んで、次の相手をすんなり見つけてくる人もいる。このあたりの加減が、けっこう面白いところなのよね。

たとえば、あなたがずっと「いい子」でいることに慣れてしまって、恋愛がうまくいかなくても「どうなってるの?」と聞けないでいる、としましょう。

それで本当に納得しているなら、それでいい。でも本当のところは、「どうなってるの? ちゃんと教えてほしい。私だって、とことん知りたい」って願っているとする。

その願いを、「いやいや、聞いたら関係が終わる。聞かないのが正解。聞いてだめだったときが怖い」っていう恐れから(思いやりからの選択なら、それは別の話だけど)閉じ込めてしまったとする。

その願いは、消えずにずっと残る。「あの恋愛、だめだったのかな、よかったのかな」「なんか納得いかない」って、何年も気にし続ける羽目になる。

すると次の恋愛でも、同じように優しくしてくれない人を選んで、「ねえ、愛してるよね? 愛してるよね?」って、聞くことそのものが目的になった、いらいらして怖がりながらしがみつくような恋愛を、また作ってしまったりする。

そこで課題がちゃんと終わって、「ああ、私はこれができた。本当に心とつながって、納得がいった」っていうところまで行けたなら、次の恋愛はすごく早くやってくる。というより、ほぼ同時に引き寄せたりもする。

それと、恋愛にはたいてい、幼少期の課題がそのまま投影されてる。本当に納得がいかなかったこと、本当に聞きたかったこと、自分が自分を裏切ってしまった部分――そこをちゃんと整理すると、前向きになれることが多いのよね。

ここには多少コツが必要で、「親から優しくされた」と想像するだけじゃ意味がない。本当の真実を探す必要があるの。

親が本当に愛してくれていたのなら、それを心がしっかり受け取れていることが大事。理屈や理念で「わかってる」だけじゃ、人はまったく変わらないから。

逆に、親に何か問題があって、子供に優しくできなかったとしても――それはそれとして、自分自身の真実とつながって、「それとは関係なく、私はまったく大丈夫」っていう安心感に、深くつながり直す必要があるわ。

好いてくれるのは物足りない人ばかり

はいはい、よくある話よね。

私のことを好いてくれる人は現れる。でも、いい人ではあっても、タイプじゃなくて物足りない。そういう人ばかり。外見じゃなくて内面が大事だってわかってるのに、心が動かない。自分が好きだと思える人には深く愛されず、うまくいかない。相思相愛で、心から大好きと思える人に愛されたい――はいはい、その悩み、よく聞くやつね。

簡単に言うとね、あなた自身が「物足りている」感覚を、自分でつくり出せるかどうかなの。それだけの話。

例えば誰かと一緒にいるとき、相手にどんな個性があろうと、「ねえ、これやってみようよ」って自分が楽しんで、その時間を物足りた感覚で満たせる人には、物足りた感覚を持った人がよってくる。仕組みは単純なのよ。

問題は、物足りないと感じた瞬間に、「あーあ、まただ、なんだかなあ……」って、自分の心にひきこもる癖。これがあるから、物足りる人を引き寄せられないの。物足りなさを感じること自体が悪いんじゃない。そこで心を閉じてしまう癖が、循環を止めてるのよ。

「うそつき大っ嫌い」って顔をしかめてる、神経質な人。そういう人は、案外そういう人を引き寄せるものなの。逆に、「あれ、これってこうじゃない?」って疑問があれば、正直に気軽に聞ける人には、正直な人が集まるのは当たり前のこと。

うそつきばかりだ、と恨んでいると、相手の言葉にちょっとした疑問を持った瞬間に、また嘘だ、と心にひきこもる。そこに、おびえや恨みや怒りが生まれる。だからそういう態度になって、相手に何かを期待したり、裏切られたと神経をとがらせたりする。結果、複雑な人間関係ばかり引き寄せることになるのよ。

でも、そういう癖がなければ、ふつうに正直に、気軽に人に聞ける。それに対応した人が関心を持ってくれるのは、当たり前のことなの。

穏やかな人がそういう人を引き寄せる。穏やかさって言っても、人を怖がって遠慮してるだけの穏やかさじゃない。本当の心の穏やかさのことよ。自分の中のこだわりを取っていけば、自然とそうなっていくものなの。