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「みんなに認められたい」が、いちばん集客の邪魔をする

人が集まらないのは、「認められないと」という無意識の思い込みが邪魔してるから。ターゲットに戻るシンプルな整理法を解説。

Original Article

キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。

オリジナル記事:集客で邪魔なものの一つ (潜在意識)

「うまく伝わらない」って悩んでるのね。

仕事で人を集めるのが上手な人と下手な人、その違いを聞かれることがよくあるんだけど、答えはシンプルよ。稼いでいる人ほど、ターゲットがはっきりしてる。意識してようとしていまいと、自分が誰の役に立ちたいのか、ちゃんとわかってるの。

つまり全部、「誰に向かって話してるのか」に尽きるのよ。

知識も実力もあるのに、なぜか人が集まらない

十分な実力がある人ほど、不思議と人が集まらないことがある。その裏には、だいたいこんな思い込みが潜んでるものよ。

「怒られると怖いから、説得しないと」
「認められないと怖いから、わかってもらわないと」
「社会に認められる形にしないと」

しかも厄介なのは、これ、無意識でやってしまってるってこと。本人は気づいてないのよね。

たとえば、ダンスを教えたいとする。「運動不足の人に働きかけよう」「新しいことを始めたい人に声をかけよう」、ここまでは健全よ。でも、パンフレットやホームページを書いている途中で、こんな気持ちが顔を出してくる。

「ダンスを嫌いな人にも、これの価値をわかってもらわないと」

そうなると、ダンスの良さを長々と説明したくなる。書かないと不安になる。でも、もともとダンス好きな人がターゲットなら、そんな説明はいらないはずなのよ。すでに知ってることだもの。

説得したくなった時、相手はもう離れている

「ダンスを軽く見ている人に、有益さをわかってもらわないと」という無意識が動くと、今度は科学的な効能をびっちり書きたくなる。これも、ぜんぜん魅力的じゃないから人は集まらない。

うまくいく人は、自分が伝えたいことをダイレクトに伝えるだけ。多少不器用でも、ちゃんと伝わる。これは個人で仕事をする人だけじゃなく、大きな組織で働く人にも当てはまる話で、「自分が伝えたいこと」が明確になった途端、上層部に認められた、という話も聞くくらい。

逆に、「認めてもらえないと」という気持ちが動いているときは、伝えたいことよりも、理屈の方が多くなっていく。相手が求めていない説明を、一生懸命していたりするの。「これ言わないと」「これ説明しとかないと」って、何かに追われるような感覚があるなら、それ、ちょっと立ち止まって自分の心を覗いてみるといいかもしれない。たいてい、「認められないと怖い」が隠れてるから。

ターゲットに戻る、それだけでいい

ターゲットを決めて書き始めても、いつのまにか自分を非難する人を想定して理屈っぽくなったり、「社会全体にもわかってほしい」という気持ちに流れていったりするもの。もちろん理論や根拠は必要だけど、1しか要らないところに10の説明はいらないのよね。

長く書きたくなったときほど、いったん短くしていく作業が必要になる。無意識に「こういう批判をする人のために説明してあげないと」とやってしまっていることに気づけたら、そこで動きを止めて、もう一度ターゲットに戻る。それだけで、余計な説明に使っていた時間がぐっと減らせるし、「次は誰に何を伝えるか」に集中できるようになる。

ターゲットにしっかり向き合っていく人は、結局、社会の方が後から認めていくものなのよ。ダンスの例で言えば、「ダンスをしたい人を集めよう」と集中していれば、関心のなかった人まで、後から自然と集まってくる。

でも「みんなに認められないと」という動機が無意識に動いていると、いつまでも頭の中の批判者が離れず、欲しいものはいつまでも手に入らないかもしれない。

心の中にいる、説得したくてたまらない批判者に気づいたら――どんな人を集めたいのか、もう一度戦略を立て直してみたらどう? 「絶対に必要だ」と思っている説明を、思い切って削ってみるの。相手が本当に望んでいるのは、優しくて柔らかくて、単純な情報であることが多いから。

(批判者は誰の心の中にもいる。両親をモデルに、社会から外れないようにしようとする無意識の働きなの。それに自覚的になったうえで、新しい選択ができるようになっていく――そういう整理を、日々の対話の中でしていくのよ。)


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