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姑との同居がしんどい

姑との同居、良い人なのになぜかしんどい。その正体は「我慢」と「いい子」。むかつきの消し方。

Original Article

キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。

オリジナル記事:姑がいる家が息苦しい

義理のお母さんと同居してる人、けっこう多いわよね。家事から子守までとてもよくやってもらっていて、感謝することもある。でも、時々、どーしても「マジで、どっかいってほしい」って思っちゃう。真新しいキッチンも自分だけのものじゃない。夫と二人で暮らしてたアパートの方が、ずっとずっと好きだった。このむかつき、ずっと付き合っていかなきゃいけないのかな……そう思っちゃうわよね。

悪い人でなくても、疲れるものは疲れる

そうよね。愛する夫の両親とはいえ、血のつながっていない他人と暮らすのは、とても大変なことなの。

わたしも昔、少しの間だけ義理の両親と暮らしたことがあるの。もーのすごく素晴らしい両親でね、優しくて。部屋も別に用意してくれた。それでも、気を遣ったし、疲れた。何年も一緒にいるとなると、そりゃ疲れるわよね。

悪い人でもなくても疲れるんだから、自分と合わない人だったら、もうどうしようもなく、きききのきっー、よね。

「今ではない嘘」に逃げない

でもね、人生って、立ち向かうか、受け入れるか、結局そのどちらかだと思うの。立ち向かうなら、引っ越しを考えること。受け入れるなら、「嫌だ嫌だー」って思いながらも、自分の人生をちゃんと選び取っていくこと。

人は嫌なことがあると、「ほかの選択肢に逃げられたら楽なのに」って思うものよね。でもその「仮にこうだったら、こうだったはずだ」っていう考えは、今の状況が「そうじゃない」からこそ出てくる、「今ではない嘘」なの。今のあなたは今の状況。そこから始めないと、運命って味方してくれないのよ。逆に言えば、「今はこうなんだ、これが今の私のところ」って、諦めるのでも嘆くのでもなく、しっかり受け入れたら、次の扉が開くの。

だから、「こんなにむかつく → あっちの方が楽だったのに、今は違う」じゃなくて、「こんなにむかつく → でもここにいるんだ、だったら遠慮を少しなくして楽になっていこう」って、考える順番を変えてみて。

いい子ちゃんをやめると、案外ラクになる

人といてむかつくのって、言われたことを気にしていたり、嫌なことでも言うことを聞かなきゃって自分で思い込んでたり、いい子ちゃんでいすぎてるところ、ない? のびのびしていない自分を、自分で作り出しちゃってるのよね。

幸い、力を貸してもらえる相手がそばにいるなら、それは十分に借りていいの。喧嘩することも、恐れなくていいのよ。

何年も苦労した結果、遠慮なく何でも言えるようになって、急に同居がラクになった人もいる。そういう話を聞くと、本当に感動するの。一緒に暮らしながらも貯金をして台所だけ分けたり、具体的な行動を起こして状況を変えた人もいる。「嫁は同居するもの」って空気が強い地域でも、ちゃんと状況を変えられた人がいるのよ。夫の親を看取って、豊かな心境に落ち着いた人もいる。

問題を見ている人には、問題がついてくる

結論は一つじゃないの。今日は状況を変えようと思い、今日は受け入れる。その気持ちが交互に出てくるのは、悪いことじゃない。両方やってみていいのよ。それと同時に、気晴らしや、自分がのびのびできる居場所も、ちゃんと作っておいてね。

問題を見ている人は、問題さんと仲良しなの。問題をただの一個のことにできて、ほかのことも作り出せる人は、状況を変える力を持っているものだから。

面白いんだけど、嫁姑で苦労するのが嫌だ、ってあまり思っていない人ほど、そういうことにならないことが多い気がするの。わたしの両親もそうだったし、わたし自身もそう。

問題ばかり見てると、問題ばかりやってくるって、本当なの。今は今、そこをどうよくしていくかを考える前に、「だってこうじゃないの」っていう怒りのような気持ちがあるなら、まずその怒りを癒してあげること。それだけで、潜在意識は変わっていくの。

嫌だーっていう、しぶい方向に向かう緊張した気持ちを、「こうしたいな」「こうなりたいな」って広がる方向に変えて、その時間を長くしていく。それだけで状況が変わっていくっていうのが、引き寄せの法則でもあるのよ。


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「嫌なことを頑張る」のは美徳じゃない。得意なことで突き抜けていい
2026-07-14