自分を責めるのをやめた人から、欲しいものを手に入れている
「あれもこれも足りない」と思い込んでいるうちは、欲しいものは手に入らない。その思考のクセを手放した人たちに、実際に起きた変化。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:問題があるから、手に入れられないんではないんですよー
「あれもこれも足りない、だから手に入らない」が口癖の人、結構いるのよ。本当に変えるべきものが何か、わかってる?
ご本人じゃなくて、その「あれもこれも足りない」っていう考え方そのものなの。
「自分が悪い」を手放しただけで、欲しいものが手に入った
昔、「わたしの何がいけないんですか」って何度も聞いてくる人がいたわ。話を重ねるうち、その人の中にあった「自分は悪い、完全じゃないから、うまくいかないんだ」っていう思い込みが外れた。たったそれだけで、その人は欲しかったもの——このときは伴侶——をちゃんと手に入れたの。
最近は赤ちゃんを連れて挨拶に来てくれる人まで増えて、こっちまで嬉しくなるくらい。
これ、成功でもまったく同じ仕組みよ。
「自分は何がダメなんだろう」って考える癖。これね、根っこは処罰の感覚なの。うまくできないと罰せられる、自分は足りていない——いわゆる罪悪感、自己不信ってやつ。でも、この感覚に囚われなくなった瞬間、「本当はできること」がふっと見えてくるのよ。
学歴がなくても稼ぐ人の共通点
「稼げないのは学歴がないから」、もっともらしく聞こえるでしょ。でもね、わたしの知り合い、東大院卒もハーバード卒もいれば中卒もいる。その中卒が、びっくりするほど稼いでたりするの。
特定の会社に入りたいなら学歴は要る。でも「稼ぐ」ってことだけに関しては、正直あんまり関係ない。
稼げる人たちに共通してるのは、「ほら、こうだからこうじゃん」っていう言い訳がないこと。学歴で嫌な思いをした、としても、そもそもそんな空気のところには長居しない。すっと、ここがいいなと思った場所へ移っていくフットワークの軽さがあるの。
頭が発達しすぎると、「わたしはこうだからこれができない」が常に邪魔をして、その軽やかさを失う。会社にいて「あ、この紙すぐ切れて不便だな、買いに行こう」と思っても、行ったらいいのがなくて、そのまま忘れる。次の会社でまた同じことが起きて、また忘れる。そうやって熟成されるはずだった情報が、いつまでも形にならないの。
「自分は何が足りないからダメなんだろう」って考える人の頭は、目の前の紙のことなんてかまっていられない。「またこれだ、あれもこれも嫌になる、学歴がないからこんな目に」って、ふとした瞬間にいつもそっちを考えてる。だから本当に必要な気づきが入ってくる隙間がないのよ。
足りないんじゃなくて、足りないという発想が邪魔をしてる
「何かになりたい」と思ったとき、「これになりたいから、これをする」とシンプルに考えれば、資格は一つ取って、あとは人に会ったり話したり、必要な行動だけで足りることが多いの。
でも「足りない」という発想だと、「これも足りない、あれも足りない」って、本当は要らない動きをどんどん増やしてしまう。本人は気づかないうちに。
これさえあれば、あれさえあれば、と資格を取り続けても、何も変わらないあのむなしさ。経験ある人ならわかるはずよ。
人は安心しているとき、ちゃんと必要な動きだけをする。でも緊張していると、気づかないうちに「あれもこれも足りない、誰も助けてくれない」っていう焦りと苛立ちに取り込まれてしまうの。
足りないあなたが悪いんじゃない。「足りない」っていう発想に、囚われすぎてるだけ。そこに気づけたら、もう少し肩の力、抜いていいんじゃない?