「なぜしてくれないの」は自分にかける呪いの言葉
「なぜしてくれないの?」が頭の中でぐるぐるするとき、それ実は相手の問題じゃないの。感情の正体を知ると、関係がするりと動き出すのよ。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:なぜこうしてくれないの、というのは、相手をうごかせない
「なぜ、あなたはこれをしてくれないの?」
「なぜ、もっと私とこうしてくれないの?」
「なぜ、私の期待に応えてくれないの?」
「なぜ、お金はあの人にばかり入るの?」
「なぜ、あいつだけが成功するの?」
こういう言葉、頭の中で(あるいは実際に口から)出てきたこと、あるでしょ。自分は悪くない、相手が変わればいいのに、って思ってる。そのとき、その感情の奥に何があるか、気づいてる?
「なぜ」の正体は、恨みと未整理の感情
ここ、大事なところだから聞いてね。
「なぜしてくれないの」という言葉が出てくるとき、それは相手への正当な要求じゃなくて、自分の中に溜まった未消化の感情――もっとはっきり言えば、恨みよ。
過去の何かがちゃんと整理されていないとき、人はこういう言葉を使いがちなの。誰かに傷つけられた記憶、裏切られた感覚、「私はいつもこうだ」という思い込み。そういうものが心の中で解消されずに残っていると、目の前の相手や状況に「なぜ?」ってぶつけたくなる。
これは、その人が悪いとか、弱いとか、そういう話じゃないのよ。ただ、まだ癒されていない何かがある、というだけ。
「なんでわかってくれないの」って相手を責め続けてる人を見るでしょ。責めれば責めるほど、相手は離れていく。なぜかというと、相手に「させよう」としている状態は、エネルギーとしてすごく重いの。押し付けがましくて、息が詰まる。相手もこちらも、どんどん苦しくなるだけ。
癒しが起きると、言葉が変わる
逆に、感情がちゃんと整理されてきたとき――本当の意味での癒しが起きたとき、不思議なことが起こるのよ。
あんなに「なぜ?」って責めてた相手への執着が、すうっと薄まってくる。そして気づいたら、こんなふうに話せるようになってるの。
「ねえ、これやってみようよ」
「そっか、それが難しいなら、じゃあこっちはどう?」
わかる? この違い。相手に「させよう」とするんじゃなくて、「一緒に何かを動かしていこう」という感じになる。代替案が自然に出てくるし、うまくいかなくても必死になって責めない。そうなると、不思議と物事も、関係も、動き始めるのよ。
よく聞く話でね、誰かとの関係で「なんでわかってくれないの」って長いことぐるぐる悩んでいた人が、自分の感情をちゃんと整理してみたら、いつの間にかその相手との関係性が変わっていた、って。相手は何も変わっていないのにね。自分の受け取り方とか、関わり方が変わったことで、関係が動いたのよ。おもしろいでしょ。
欲しいものを手にするのは、癒された人
端的に言うと、「なぜしてくれないの」という言葉は呪いよ。相手にかける呪いじゃなくて、自分にかける呪い。
なぜかというと、その言葉を使っている間、あなたのエネルギーはずっと「相手が動いてくれないこと」に向いてるから。それは、自分の力で何かを変えることを、無意識に諦めている状態なの。
本当に欲しいものを手にできる人って、「なぜ相手がしてくれないか」より「どうすれば自分が望む状態に近づけるか」を考えてるの。そのためには、過去の恨みや未消化の感情を、ちゃんと手放すことが必要なのよね。
難しそうに聞こえる? 実はそんなに複雑な話でもないのよ。ただ、一人でやろうとすると、どこを解きほぐせばいいかわからなくて、ぐるぐるしがちなのは確か。誰かに話しながら整理していくと、意外とすっきりするもの。
「なぜ?」って言いたくなる気持ちに気づいたら、その感情の奥を、ちょっと覗いてみて。相手を動かそうとするより、自分の中を整理することの方が、ずっと近道なのよ。