写真に霊が写った!?科学で解決したら見えてきた、怖がるより楽しむ人に運が流れてくる理由
写真に霊が写った!?と思ったら科学で解決できた話。同じ出来事も怖がるか楽しめるかで、その後の流れはまるっきり変わるわよ。心の持ちようが人生を変える理由。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:科学で切る! 霊に取りつかれた女
先日から、写真を撮ると、私が透けて見えるようになったのよ。
な、な、なんとっ!調べてみると「霊に取りつかれている」とか「なんちゃらかんちゃら」とか、いろんな説が出てきて、これは楽しいこってす。
このわたくし、自慢じゃないけれど、理由を知りたい性質も野次馬根性も持ち合わせておりますゆえ、怖がるより先に「なんでかなー?」と嬉々として調べまくったのよ。
そうしたら判明したの。携帯のカメラって、シャッター音が鳴ってから実際に撮影が完了するまで、わずかに時間差があるの。だから、シャッター音とともにカメラを動かすと、まだ撮影中なのに画面が動いてしまって、顔と背景が二重に写り込んでしまう仕組みなのね。
つまり、霊でも怨念でも何でもなく、ただの「シャッタースピードの仕組み」というわけ。
今や私、自分を透けさせないのも(シャッター音がしても動かさない)、わざと透かして霊っぽく撮るのも(シャッター音とともにカメラを動かす)、自由自在でございます。そのうちに「霊写真」と称して投稿でもしようかしら(笑)
怖がる人と楽しむ人、いったい何が違うのか
でもね、ここでふと思うことがあって。
もし私が「怖がるタイプ」だったら、この現象はどう映ったかしら。「また変なものが写った」「何か悪いことが起きる前兆かも」「お祓いに行かなきゃ」……なんて、どんどん悪い方向に想像が膨らんでいったんじゃないかと思うのよ。
そしてそのあと、ちょっと体の調子が悪くなったり、うっかりものをなくしたりしたら、「やっぱりあの写真のせいだ……」ってなる。怖がって、想像が膨らんで、その思いが現実にも影響していく。これ、笑い話のようで、意外と笑えない話でもあるのよね。
同じ出来事でも、「面白い! 調べてみよう」と思える人と、「怖い……どうしよう」と思う人とでは、その後の展開がまったく違ってくるの。
「解釈」が、その後の流れをつくっていく
これって恋愛でも、仕事でも、人間関係でも、全部そうでしょ。
何か起きたとき、その出来事に意味をつけるのは、常に自分自身なのよ。「うまくいかなかった」と解釈するか、「情報が得られた」と解釈するか。「嫌われた」と受け取るか、「ご縁がなかっただけ」と受け取るか。どちらが正しいかじゃなくて、どちらの解釈が自分の流れを良くするか、なの。
この視点、持ってるか持ってないかで、日々の出来事がまるっきり違って見えてくるのよね。一度でも「あ、そういうことか」って腑に落ちた人は、同じ場面に立っても、ずいぶん楽に動けるようになるものよ。
怖がって縮こまってる人と、楽しんでどんどん動いていく人。放っておいても、その差はどんどん広がっていくわ。
楽しんだ方に、良い流れが寄ってくる
怖がっている人より、楽しんでいる人の方に良い流れが寄ってくる。これ、精神論でも根性論でもなく、わりとシンプルな話だと思うの。
怖がってると行動が縮こまるから、楽しんでると動けるから。動ける人のところに、ご縁もチャンスも集まってくる、というだけのことよ。
霊写真の正体を突き止めて「これ使えるじゃん」と遊んでるわたくしのように(笑)、同じ出来事でもちょっと角度を変えてみると、案外おもしろいことってあるものなの。
心の持ちよう一つで、怖くも楽しくもできる。そして楽しんだ方が、良い流れが寄ってくるのも、どうやら本当のようよ。