やらなきゃと思うほど動けなくなる。潜在意識に刻まれた「べき」の正体
やることがある日に限って、なぜかほかのことをしたくなる。意志が弱いわけじゃないのよ。潜在意識の「べき」という声が動きを止めてる。その仕組みを知れば、ちょっと楽になれる。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:サクサクと物事を仕上げたい 潜在意識
やることがある日に限って、なぜかほかのことが気になる。
締め切りが近いのに急に部屋を片づけたくなったり、仕事しようとPCを開いた瞬間に、ブログが書きたくなったり――。あるある、って笑ってるあなた。笑い事じゃなくて、ちゃんと理由があるのよ。
「やらなきゃ」が、動けない自分を作っている
やることがあるときほどほかのことをしたくなる理由、大きく分けると三つあるの。
ひとつは、本当は今やろうとしていることが、じつはやりたいこととズレている場合。でも「やらないとダメだ」という厳しい声が頭にある限り、そのズレにすら気づけないの。おもしろいでしょ?禁止が、気づきを邪魔してるのよ。
ふたつ目は、そもそもそれをやらなくていい場合。でも「やらないとならない」と強く信じているせいで、別の道がまったく見えなくなってる。
みっつ目は、本当は難なくできることなのに、「押しつけられてる」という感覚があるから、逆らいたくなる。
……全部、根っこは同じだって、わかる?
「やらなければならない、ダメだ」という内なる厳しい声が、重さを生んでいるの。その声さえなければ、ただやるだけ。「こういう方法がいいな」というアイデアだって、今よりずっとすらすら浮かんでくるものなのよ。
「べき」がなくなると、人はどう変わる?
少し前に、こういう話をしていた人がいてね。
子どもが何かしようとするたびに「嫌だ」「できない」と感情が先に出て、学習面でも遅れがある、どうしたらいいかわからない、と。
そのとき、説得しようとしても、説教しようとしても逆効果。「ちゃんとすべき」「将来困るよ」という言葉は、子どもにとってただの重荷にしかならない。
でも、忍耐を持って見守り、心の中にある「自分はダメだ」という思い込みを少しずつ手放していくと、子どもは自分のペースで起きられるようになって、自分で考えて動けるようになっていった、というのよ。
遅刻しても「それで十分じゃない、自分で起きたんだから」と心から言える。学校に行けなくても「行けたら万々歳ね」と本当に思える。演技じゃ、子どもには通じないからね。でも本当にそう思えたとき、子どもは変わっていったの。
将棋の羽生さんの話も、似てると思うのよ。若い頃、解説者が「この手は意味がわからない。羽生でなければ出直せと言いたい」と言ったことがあったそうで。当時は誰も理解できなかった一手が、後になって「天才的な発想だった」と評価される。
「こうでないといけない」という縛りがなければ、常識を超えた発想が自然に出てくるの。「べき」がなくなると人は怠ける、と思われがちだけど、じつは逆。べきがなくなったとき、人はようやく柔軟に動けるようになるのよ。
潜在意識の声に気づくということ
潜在意識のなかに「これができないとダメだ」という厳しい声が根づいていると、ふたつの自分が常にぶつかり合うようになる。
「やらなきゃ」と焦る自分と、「やりたくない」と逃げる自分。
この二つが戦い続けていると、どちらも本来の力が出せないまま疲弊していく。しかも、自分に本当に合ったやり方にすら気づけなくなる。「鉛筆じゃなくてシャープペンでさくさく丸をつける方が捗る」みたいな、小さいけど大事なことがね。
おもしろいのは、「やりたくない自分」と「べきと禁じる自分」以外に、自分がいなくなってしまってることよ。自分で自分を縛って、自分で逃げて、それを繰り返してる。ちょっと笑えるでしょ(笑)
その潜在意識の声を整理して「やらなきゃ」の重みを外していくと、ただやるだけになれる。緊張せずに、自分に合ったやり方で。頭がよくなった気がする、と話す人が多いのも、そういうことよ。禁じ手がなくなれば、選択肢がぐんと広がるんだから当然ね。
うまくやろうとする力みそのものが、流れを止めているの。「やらなきゃ」「できなきゃ」という縛りをちょっと手放してみたとき、あなたの中でサクサク動き出すものが、もうそこにあるわよ。