世の中に貢献したいという気持ちがわからなくていい。使命は自然に見えてくるもの
使命は意気込んで探すものじゃない。好きなことや得意なことを積み重ねていたら、気づいたら誰かの役に立っていた——それが使命の正体よ。焦らず今できることをやっていれば、あとからちゃんとついてくるの。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:無料相談 貢献したい、という気持ちがわからない
「世の中に貢献したいという気持ちがよくわからない」って、正直に打ち明けてくれる人、わたし、好きよ。
こういうことをまっすぐ言える人ってね、実はちゃんと自分と向き合ってるの。貢献とか使命とか、立派な言葉は並べられても中身はよくわからないまま、なんて人も少なくないのよ。そのなかで「わからない」とはっきり言える、その誠実さ、ちゃんと見てるから。
「わからない」と感じていること自体が、もうスタート
ときどきこういう話が出てくるのね。「人の役に立ちたいとか、社会に貢献したいとか、そういう気持ちがどうしてもぴんとこない」って。
でもちょっと待って。「人の役に立った方がいいのかな」って、どこかで考えてる部分があるから、そういう疑問が出てくるのよ。まったく興味がなければ、そもそも気にもしないでしょ? 気になってる時点で、もうスタートしてるの。
だから「今はよくわからないけど、いつかわかったらいいな」くらいのスタンスで、十分なのよ。焦って「使命を見つけなきゃ」って気張る必要は、ぜんぜんない。今は自分がしたいことをやって、それでいいの。
使命って、探すものじゃなくて、気づくもの
よく「自分の使命を見つけたい」って言う人がいるんだけど、使命ってね、意気込んで探してもそうそう見つからないのよ。
好きなことや得意なことに、ちゃんと向き合って積み重ねていく。そうしたら、気づいたら人の役に立っていた――そういうものなの。「なんかこっちの方面、向いてるみたい」が積み重なって、いつの間にか「あなたのおかげで助かった」になってる。それが使命の正体よ。
それにね、仕事でも勉強でも、人を傷つけたり奪ったりする意図さえなければ、何かをするとき、必ず誰かの役に立っているものなの。大げさに「貢献してやろう」なんて気張らなくても、あなたはもうすでに、誰かの何かになってるのよ。
数年後に「あ、これだったのか」ってなる
「使命」なんて言葉を聞くと、なんか大それたことをしなきゃいけない気になるでしょ? でも違うの。
きっと何年かたてば、「こんなふうに人の役に立てて、うれしいな」って思う場面が、自然に現れてくるから。今の自分に「まだよくわからない」があっても、そこにはなんにも問題ないのよ。
今できることを、ちゃんとやる。それだけでいいの。使命なんて、あとからちゃんとついてくるものよ。