押し殺してきた個性が、じつはあなたを救ってきた才能だった
「まじめにしなさい」と言われ続けた個性、ずっとフタをしてきたその部分――実はあなたをずっと支えてきた才能かもしれないのよ。弱点だと思ってきたものの正体、考えてみない?
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:あっ~たたたっ
あなたの中に、何人住んでいると思う?
ちょっと変な質問に聞こえるかもしれないけれど、人の中にはほんとうに、いろんな個性が住んでいるのよ。まじめな人、繊細な人、熱くなりやすい人、冷静に引いてみられる人……ひとつの体の中に、ぜんぜんちがうキャラクターたちが同居してる。
問題はね、そのうちのひとりがずっと、押し殺されてきていることが多いってこと。
私の中の「お笑いさん」
私の場合、その一人が「お笑いさん」なの。
この人ね、私がしんどいときに「そんなに深刻にならなくていいんじゃない?」って、楽観的なものの見方を教えてくれてきた、旧友みたいな存在。人生のつらい場面で、どれだけ助けてもらったかわからない。
でも子どもの頃は、この人が顔を出すたびに「まじめにしなさい」と言われてきたの。傷ついたわよ。悪気なんてまったくないし、そういう表現の仕方が自分にとっては自然だったんだから。
結果、お笑いさんは引きこもりがちに。
先日もブログを書いていて「あたたかい」と打とうとしたら、「た」をいくつも足して「あたたたたっ」にしたくてしょうがない、その人が騒ぎ始めて。必死に止めました。もう少しで北斗の拳みたいになるところだった(笑)
弱点に見えるものが、じつは才能の種だったりする
ここで聞いてみたいんだけど、あなたの中にも、そういう「ちょっと困った人」いない?
親から認められなかった個性、まわりに受け入れてもらえなかった表現の仕方、「それ変だよ」って言われてきた何か。そのせいで、もうずっとフタをして生きてきた、そういう部分。
でもね、よくよく見てみると、その「困った個性」って、実はその人をずっと支えてきたものだったりするの。
笑いを取りたくてしょうがない人は、ユーモアで場の空気を変える力を持ってる。やたらと細かいことが気になる人は、人が見落とすものを見つけられる。感情的になりやすいと言われてきた人は、誰よりも早く人の痛みに気づける。
「弱点」として押し込んできた部分が、実は才能の種だった、なんてことはよくある話なの。
自分の中の「その人」と、そろそろ向き合ってみない?
もし「自分のこういうところ、どうにかしたい」と思っているなら、ちょっと待って。
どうにかしたいと思っているその部分、本当に邪魔者なの? それとも、使い方がわかっていないだけ?
一人でぐるぐる考えていると、どうしてもいつもの視点からしか見られないものよ。でも、誰かに話しながら引き出してもらうと、「この部分ってこういうことだったの?」って、自分でも驚くくらい新しい見方ができたりするの。自分では”困った個性”だと思ってきたものが、話すことでまったく違って見えてくる瞬間って、本当によくあるのよ。
あなたの中の、まだ認めてあげていない輝きはなにかしら?
心を開いて、自分に聞いてみて。その使い方を学んでいくのが、人生なのよ。