やる気が出ない・やれない自分を責める前に――「できない」には、ちゃんと理由がある
できるはずなのに「やれない」──そんな自分を責めていない? やれないことには、心が出している正当な理由があるの。焦るほど遠回りになる理由、知っておいて。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:やりたくないことには、理由がある
もっとできるはずなのに、なぜかやれない。
そんな感覚、覚えがない? 焦れば焦るほど何も浮かばなくて、四苦八苦してみても空回りするばかり。そういうとき、人はたいてい「自分がだめだから」って方向に話を持っていくのよね。
でも、ちょっと待って。
「やれない」には、ちゃんと理由がある
心というのは、実はとても理性的なものなの。
自覚がなくても、「やらない」「やれない」には、何かしらの正当な理由が必ずある。やらされてきたこと、本当はやりたくなかったのに無理矢理続けてきたこと――そういうものは、いずれやる気がなくなるようにできてるのよ。心が「これじゃない」って、ちゃんとわかってるから。
細かな見落とし、ミスが増える、集中できない。それって能力の問題じゃなくて、やり方か方向性がずれてるサインだったりするの。
こういう話、意外と知られてないんだけど、人と話しながら自分の「やれない」を整理してみると、責められるような理由じゃないことが多い。単純に、やり方が合っていなかった、タイミングじゃなかった、そもそも心が向いていなかった――それだけのことだったりするわ。
「できない自分がだめ」じゃなくて、「今はここじゃない」という、心のナビゲーションだと思えたら、少し楽にならない?
焦りが強くなるほど、本音から遠ざかる
「こんなことしてちゃだめだ」「もっとできなきゃ」。
そういう焦りが強くなればなるほど、自分が本当にしたかったこととのズレが見えにくくなるの。ストレスが高い状態のまま無理に続けようとしても、出てくるのは消耗だけ。心が追い詰められているとき、人は視野が狭くなって、選択肢も見えにくくなるのよ。
そのしんどさが長く続いているなら、一度立ち止まって考える価値は十分あるわ。「頑張れていない自分」を責める時間に使うより、「なぜやれないのか」を静かに見つめてみる時間のほうが、よほど有益だったりする。
おもしろいことに、「やれない理由」がはっきり見えてくると、「あ、そういうことだったんだ」って、するっと気持ちが楽になることが多いの。自分を追い詰めていたエネルギーが、別の方向に向き始めるから。思い当たらない?
いったん手放して、別のことに集中する
だからね、どうしてもやれないときは、いったんそっとしておいていい。
ほかの仕事、ほかの趣味、ほかの関係性――別のことに集中してみてほしいの。自分のストレスが高ければ高いほど、「こんなことをしていてはだめだ」という焦りが強ければ強いほど、心が本当に向いている方向は見えにくくなる。逆に、心が穏やかになると、不思議とまた自然に動き出せることがある。
「もっとよいこと、効率のいいことをしよう」という発想の転換、これ、逃げじゃないの。やれないことと戦うよりも、今できることをちゃんとやる。それが結局、遠回りに見えて、いちばんの近道だったりするわ。
腹を据えて、というのは、無理を続けることじゃなくて、自分のペースで腰を落ち着けること。あっけらかんと、するべきことをして、別のことにも手を伸ばしながら、流れに身を任せる。焦って自分を追い込むより、一度立ち止まる。そこから、意外と風通しがよくなるものよ。
やれないことには、あなたの心が知っている理由があるのよ。