自分いじめをやめると、人生が動き出す
自分はだめだ、最低だ――そう思い続けてきたとしたら、その「自分いじめ」こそが、むなしさの正体かもしれないわよ。感情の癖に気づくだけで、ちゃんと変わっていけるものなの。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:自分が嫌いな人々、自分をだめだと思う人々
自分はだめだ、最低だ。そう思い続けてきた人に、ちょっと話を聞いてほしいの。
周囲からは「恵まれてるよ」と言われる。でも自分ではそう思えない。人に親切にすることで精一杯生きてきたのに、残ったのは孤立と虚しさ。何を信じて進めばいいのかもわからない。感謝しろと言われても、恨みつらみのほうが先に出てくる――。
そういうこと、あるわよね。
「あってよいこと」を受け入れていない問題
まず整理しましょう。
失敗する、がっかりする、うまくいかない時期がある。これ、全部「あってよいこと」なの。でもあなたは、そこにすぐ「自分がだめだから」ってラベルを貼ってしまう。失敗→自分が最低、うまくいかない→自分のせい、って。この癖がある限り、何をしても自分の未来が閉ざされていくのよ。
がっかりしていい。恥ずかしくていい。それをそのまま受け取る練習が、まず第一歩。
人に親切にしても、むなしさは埋まらない
人の役に立とうと、がむしゃらに動いてきたんでしょ。それ自体は悪いことじゃないわ。でも問題は、「人に尽くせば、自分の虚しさがなくなる」って思って使っているときなの。
それ、違うのよ。
むなしいのも、さびしいのも、人のために無理をしたって解消しない。むしろ、親切にした相手が同じように返してくれないと必要以上に傷ついたり、人に依存したりしてしまう。自分の問題は、自分の問題として向き合うしかないの。
感情の癖は、変えられる
感情っていうのはね、学んだことを再現するのよ。親が暗ければ、子どももだんだん暗くなる。それが「自然」として染みついてしまうから。
でも、染みついた癖は、気づけば変えられる。
「感謝してみて」という話が出ることがあるでしょ。あれはね、感情的に納得してなくても、まず「あるものを数え上げる」だけでいい。これもないあれもない、って偏った見方を、いったん中庸に戻すための練習なの。感情が追いついてくるのは、後からでいいの。
それから、もうひとつ。
あなたが本来好きだったこと、夢中になれたこと――それを「そんなの価値がない」って自分で軽蔑してきたとしたら、そこがむなしさの根っこにあることが多いのよ。頭でこれがいいと決めて動くより先に、体が動いていたこと。子どもの頃に、わけもなく楽しかったこと。
そこに、本来のあなたがいるの。
自分いじめをやめて、少しずつ本来の立ち位置に戻っていく。それができると、生き生きとした感じ方が戻ってくるものよ。まずは、自分を責めるのを一回だけやめてみることから。それだけで、ちゃんと流れは動き出すから。