ルールに縛られて身動きが取れなくなるのは、「結果」と「手順」がごっちゃになってるからよ
ルールを杓子定規に守ってパニックになる。周りの人がなんとなくできてる「幅」が自分にはわからない。そのモヤモヤ、案外シンプルなところに原因があるのよ。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:しゃくし定規で幅がない自分
「こういうときはこうしてください」と言われたら、どんな状況でもそのまま守る。それで自分がパニックになる――そういう相談、というか、そういう話をよく聞くわ。
あなたは「杓子定規」って自覚してるみたいね。周りを見ると、なんとなく「まあここは流してもいいか」って判断できてる人がいる。その感覚が自分にはわからない、と。
でも一方で、他人が絡まない自分だけのことを決めるときは「自由すぎる」って言われる。両極端でしょ、って。うん、聞いてて思ったけど、これ、「なおりにくい性格」の話じゃないと思うわよ。
「結果」と「手順」を混ぜてるのが、そもそもの問題
はっきり言うと、ルールに縛られてパニックになる人の多くは、「守るべき結果」と「その手順」を同じものとして扱ってしまってるのよ。
たとえば「資料をいついつまでに仕上げる」、これが結果。そのためにどういう順番で、どんな方法でやるか、これが手順。
「こういうときはこうしてください」って言われた内容のほとんどは、手順の話なの。でも、状況によっては手順を変えても結果が得られるケースって、いっぱいあるでしょ。周りの人が「まあここはいいか」って流してるのは、怠けてるんじゃなくて、「結果に影響しないと判断してる」だけのことが多いの。
だから最初にすることは、「何が得られれば目的を果たしたことになるのか」を書き出してみること。これが決まれば、手順は変えていい、という発想が自然と出てくるわ。
動く前に、一回だけ「大変なことにならないか」と問うてみる
もう一つ大事なのが、何かを始める前に、「このままいくと時間内に終わるか」「この方法だと後でしんどいことにならないか」、この二点だけ考えてみること。
答えが出なくてもいい。「うーん、ちょっと怪しいかも」と感じたら、それを書き留めておくだけでいいの。そこから「じゃあどこを省けるか」を探す。最初は下手でかまわない。省くことへの罪悪感より、全体の結果を守ることのほうが大事だから。
自分なりの判断で手順を変えたときは、「なぜそうしたか」を一言でいいからメモしておく。誰かに「なんでそうしたの?」と聞かれたとき、ちゃんと答えられる状態にしておくだけで、判断への自信は少しずつついてくるものよ。
「わからない」のは、まだ小分けにしてないから
この話、ごちゃごちゃに聞こえるかもしれないけど、整理すると三つだけなの。
- 得たい結果は何か
- 手順は変えていい
- なぜ変えたかを自分で言えるようにしておく
このくらいのことが、ごったになってわかりにくくなってるのよ。頭の中でまとめて処理しようとするから、うまくいかない。小分けにして、一つずつ確認する。それだけで、ずいぶん変わってくるわよ。
「性格だからしかたない」なんてことは、そんなにないから。思ったより早く、動きやすくなるものよ。