うまくできない理由は、あなたの根性のなさじゃない
うまくいかせようと力めば力むほど、こじれるって知ってた?潜在意識は理屈じゃなく「気分」でできている。執着も、つっかえも、その正体はただの小さな揺れ。肩の力を抜けば、物事は自然に流れ出すのよ。
はいはい、またその話ね。
仕事でも何かでも、ある分野でつっかえると、人は決まってこう言うのよ。
「こうしたらできるはずなのに、あの人がこう邪魔をするからできない」 「上司がこういう状態だから、どうしようもない」 「これが現状だから、仕方ない」
事実よ。たしかに事実。でもね、その事実そのものが問題なんじゃないの。その事実を見たときに湧いてくる「だから当然でしょ」っていう気分――それが、あなたをその場に縛りつけてるのよ。気分が、それ以上考えられない気分にさせちゃうの。わかる?
この「だって当然でしょ」「だって事実じゃん」っていう気分を湧かせてるのは、潜在意識。幼いころに、そういう考え方をする人たちをずっと見てきて、そういう扱いを受けて傷ついた経験が、知らないうちに刷り込まれてるの。
この「それだから当然」って部分はね、潜在意識の中にある、いわば親の声。心理学っぽく言うなら超自我、もっと普通の言葉にすれば、自分の常識とか道徳心の部分。常識からはみ出したらいけない、習ったこと以外は考えちゃいけない――そうやって組み込まれてしまった部分なの。
一方で、つっかえのない人たちはどうかって言うと、
「こうしたらできる」→「あ、じゃあこうしたら」→「この人がこうだから、それは無理かな」→「じゃあ、これはこうしたら?」→「でも現実はこう」→「じゃあ、次はこうしよう」
どこにも留め金がなくて、ただ気持ちが前に動いてるだけ。これは、親の止める部分が少し緩んだ状態。でもこれ、無理に「考えて」やってるんじゃないのよ。ただ、気分がそう動いちゃうの。
潜在意識が変わるとき、変わるのは「気分」。理屈じゃなく、対応が自然と変わっていくの。
ここでちょっと、別の角度から見てみましょうか。
気になる相手にようやく一歩踏み出した、とか、長年避けてきたことにやっと取り組んでみた、というとき。前には進んでるはずなのに、ふとした瞬間にまたあの感覚に襲われる。「またこれだ……」って。執着、って呼びたくなるあの感覚。幻想だってわかってるのに、波みたいに繰り返されて、しんどい。早く卒業したい。はいはい、そんなに深刻にならなくていいから。
はっきり言うけど、あなた、うまくいくかいかないかにこだわりすぎなのよ。執着してる自分を心配しすぎてるのも、結局「失敗したくない」って気持ちの裏返しでしょ? ふーん、図星っぽいわね。
物事って、進むものは進むし、進まないものは進まないの。そこにいちいちこだわらず、いろんな場面に自然に身を置いて、出てきたことには対応しつつ、くよくよしない。それだけで、ちゃんと良い流れは寄ってくるものなの。
おもしろいのが、「執着してる」って思ってるその思いそのものに、あなた、いちばん執着してるってこと。これがあるからうまくいかない、なんてね。自分で自分を罰してるみたいで、ちょっと笑えるわよ(笑)。
でもね、よく聞いてみれば、その正体はせいぜいこの程度の話。やってみたけどうまくいかなかった、もっとやりたい、やりたいけどうまくいかないんじゃないかって不安、放っておけない――そのくらいの、小さな気持ちの揺れにすぎないの。
だったら言ってあげる。やってみてうまくいかなくてもいい。もっとやりたくてもいい。できてもできなくても、くよくよする必要なんてない。
うまくいっていない、うまくいかせようとする、その思いそのものが――あなたの人生の流れを邪魔してるのよ。
潜在意識は気分なの。みんなが思ってるような理屈じゃない。気分が、人を一番動かしてるの。
だから、「だってどうせうまくいかないだろう」「本当に嫌だ」っていう気分が湧く人は、その気分から行動が制限されちゃう。逆に、「うまくいくかどうかは知らないけど、まあやってみよっか」くらいの軽さで動ける人は、するっと前に進んでいく。
そういう人たちって、特別なことをしてるわけじゃないのよ。「それがダメ」と思い込まないで、現状ってどうなってるのかな、へー、みたいな。物事を軽やかに進めていく人のそばにいると、いいと思うわよ。
実はこういうことって、普通にあっていいことなの。私は自分を成功者だなんて思っていないけれど、まあ、観察してみると、うまくいく人たちにはそんなところがある。
そして、この気分にどうしても動けない人たちに対しても、それはそれで大事な時期だとは思ってる。
「要領が悪いって言われるけど、だって私の方法はこれなんだもん」っていう時期。これは、通過点として通ってよいものだと思う。「なんで役所はこんなにしてくれないんだ」って戦う時期があってもいいし、それだってその人にとっては正しいことかもしれない。
ただ、手に入れたいものを、その考え方が邪魔しているとしたら。少し揺るがしてみようと思うことも、大事なことのひとつ。
実は、「こうだからこう」→「でもこれでできない」→「どうしたらいいんだ、これがこうでどうしたらいいんだ」っていう感じ取り方(気分)と、
「こうだからこう」→「あ、そう?じゃあ次は」→「でもこの問題が」→「へー、じゃあ次は?」っていう気分。
後者は、子どものころみんなが持っていたもの。前者の、「これだからこう」「でも現実が」「そうだよ、現実が」っていう気分は、後から学ぶもの。
そして次にやることは、その子どもの気分を取り戻して、大人になってからのリスクマネジメントや知恵とともに使うこと。
すごいでしょう? 悪い考えが悪いわけじゃないの。自分を引き留める考えなりなんなりを取り入れたうえで「バランスを取る」ために、それは必要だったの。
大人になってこの子どもの気分に戻れたとしても、子どものころとは違って、ただ物事の見方がそうなっているだけ。だから、わがままをしたり、突拍子もないことをしたりはしない。むしろ、大人でこの気分になれたとたんに、いろんなものが手に入りはじめるの。
その気分になかなかなれなくて、立ち止まってしまうところ――それが、脳の中にある「心の傷を含んだリスクマネジメント担当」さん。潜在意識を変えるっていうのは、つまり、人格の枠としての気分を変えるっていうこと。リスクマネジメントさんに向かって、「傷ついてるのはわかるけどさ、ほかの方法もいいんじゃないの?」って提案してあげること、それだけなのよ。
うまくいかせようとするから、こじれるの。わかったかしら?