イライラする人が気になる理由——それ、あなたの人生の扉かもしれない
なぜあの人にイラっとするの? その感情、じつは人生の扉と深く関係してるかもしれないわよ。自分の偏りに気づくだけで、人間関係も人生の流れもがらっと変わることがあるの。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:新たな扉を開くには
あなたの周りに、なんとなくイラっとする人、いない? 別に悪い人じゃないんだけど、なぜかひっかかる。もしくは、一緒にいると「それ、ちょっと違うんじゃない?」って説教したくなる人。
そういう相手、いるでしょ。
はっきり言うと、その「イラっ」はサインよ。あなたの人生の扉が、そこにあるっていうサイン。
あなたをイライラさせる人は、鏡みたいなもの
たとえば、自信満々でちょっと浮かれてる人が気になるとしましょう。「ちょっとやりすぎじゃない?」って思う相手ね。
その感覚、どこから来てると思う?
たいていね、自分がやれていないこと、自分が自分に許可してないことを、ものすごく軽々とやってる人に、人はイラっとするの。根拠がなくても堂々としてる人、失敗してもケラケラ笑ってる人、うまくいかなくてもすぐ次の手を考えてる人——そういう人を見て「ちょっとやりすぎ」「軽すぎる」と感じるなら、それはあなた自身が「もっと自由にやっていいよ」と言われてるのよ。
逆もあるわよ。
「この人、厳しすぎる」「もっと力を抜けばいいのに」と思う相手がいるとして。そのとき、あなた自身は何か、「やらなくていい」と思ってサボってることがないか、ちょっと振り返ってみてほしいの。その厳しさが鼻につくのは、あなたの中にある「やってみる力」がまだ眠ったままだからかもしれないから。
どちらにしても、イラっとくる相手というのは、あなたに何かを届けに来てる人なの。
「うまくいくか」より、「自分の偏り」を見てみる
人生がなかなか動かない、と感じるとき、たいていそこには「自分がこだわりすぎてる何か」があるの。
方法へのこだわり。「こうじゃないとダメ」という思い込み。あるいは「これは自分には向いてない」「失敗したら終わり」みたいな、ちょっと固くなりすぎた考え方。そういうものを誰かに話してみると、「あれ、そんなに大した話じゃなかったかも」ってなること、よくあるのよね。頭の中でひとりで抱えてるとき、問題ってやたら大きく見えるから。
自分が何かに強く抵抗していると、それは人間関係の中に出てくる。イラっとする人、説教したくなる人、なんとなく受け入れられない人——そういう相手は、あなたの「偏り」が映し出されたものだったりする。
そこに気づいて、少し自分の見方がほぐれてくると、おもしろいことが起きてくるの。今まで見えなかったものが見えてくる。ずっとうまくいかなかったところが、すんなり動き出すこともある。まったく予想してなかった出会いがやってくることもある。「なんか最近、流れが変わった気がする」って感じる直前には、だいたい自分の中の何かが、少し柔らかくなってるのよ。
偏りがほぐれると、人生は動き始める
「そんな簡単に変わるもの?」って思うかもしれない。
でもね、大きく変わる必要なんてないの。「あの人のやり方も、まあそれはそれかな」と思えるくらい、そのくらいの小さな変化で十分。意外と、それだけで扉は開くのよ。
しかも、そういう変化って、頑張って変えようとするよりも、ふと気づいたときにするっと起きるほうが多い。だから、イラっとする感情を無理になくそうとしなくていい。「あ、またイラっとしてる。ということは、ここに何かあるな」くらいに受け取ってあげれば、それだけでいいの。
人生の扉ってね、探して探して見つけるものじゃなくて、日常の中のちょっとした引っかかりに、こっそり隠れてるもの。
あなたをイラっとさせる相手が、じつはその扉だったりする。だからうまくかわそうとするより、ちょっと立ち止まって「なぜイラっとするんだろう」と考えてみるほうが、ずっとおもしろい——そう思わない?