楽しみなことがあると不安になる——「心配グセ」の正体と手放し方
楽しみなことがあると不安や心配ばかりで、ワクワクできない。その感情の”くせ”の正体と、心配しながらでも楽しめるようになるヒント。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:楽しみなことがあると、心配ばかりして楽しめない、というご相談
こんな話、よく聞くの。
楽しみな予定ができると、ワクワクするよりも先に心配が来てしまう。「子どもが体調を崩すんじゃないか」「当日に何かあったら」——頭の中で最悪のシナリオが勝手に再生されて、気づいたら眠れないほど消耗してる。
楽しみにしているはずなのに、楽しめる気がしない。その自分がまた情けなくて、罪悪感でさらに体がしんどくなって、当日には本当に体調が悪かったりする。そして「やっぱりうまくいかなかった」と後悔して終わる。
はいはい、つまんないよねえ、その流れ。
でも聞いてて。これ、あなたが弱いわけでも、子どもっぽいわけでもないの。
心配って、「事実」じゃないのよ
はっきり言うけど、感情は事実じゃないの。訓練づけられた”くせ”よ。
「心配しないと悪いことが起きる」「楽しんでいたら、そのぶん何かが起きる」——そういう思い込みが、どこかにひっそり根を張ってることがあるの。別に意識してそう信じてるわけじゃないけど、感情って幼いころから繰り返してきたパターンで動くものだから。
だから「心配しなければならない」は、事実じゃない。感情の”くせ”にすぎないの。
こういうパターン、ご家族も同じだった、ということが多いのよね。育った環境の中で、知らず知らずのうちに身についたもの。だから自分を責める必要なんて、ぜんぜんないの。
「心配してる私」を、責めなくていい
「楽しみだー!」の気持ちと「心配だ……」の気持ち、両方あっていいの。
心配している自分を「また子どもっぽいことして」と責めなくていいのよ。遠足の前の夜みたいに、ワクワクとドキドキがぐちゃっと混ざってる状態、あれで正解なの。無理に楽しもうとしなくていい。
心配していたって、行くときは行くし、行かないときは行かない。心配の量と結果は、実は関係ないの。だから「あ、また心配してるな」と気づいたら、そのまま置いておいていいの。戦わなくていい。
あとから「心配ばかりしてたけど、ちゃんと行けたな」と認めてあげること。この小さな積み重ねが、じわじわ効いてくるのよ。
「これが今の私の楽しみ方」と思えたら、変わり始める
おもしろいことを言うと——楽しみな予定ができるたびに心配して、できなかったらどうしようと焦って、終わってから後悔する、という一連の流れそのものが、今のあなたの「楽しみ方のパターン」なの。
変に聞こえる? でもね、潜在意識ってそういうふうに動いてるの。
「あ、これが今の私のやり方なんだな」と受け入れた瞬間に、そのパターンがふわっとゆるみはじめることがある。感情はね、幼いころに受け入れてもらえなかったものが、ずっと残ってたりするの。だからそれを、今から受け止めてあげることを始める。ちょっと逆みたいでしょ? でもそれだけで、少しずつ新しいパターンに移っていけるのよ。
戦うより、認める。
楽しんでいいの。心配しながらでも、楽しんでいいのよ。