「自分らしく」にこだわるほど、自分から遠ざかっていく
「自分らしくいたい」のに、なぜかうまくいかない。その答えはシンプルよ。自分らしさは探すものじゃなく、こわばりを手放した先に残るもの。そこに気づくだけで、ずいぶんラクになるわよ。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:自分らしくにこだわる時点で自分らしくはない
「自分らしく生きたい」って言葉、ほんとによく聞くわよね。
でもちょっと待って。「自分らしく」って、わざわざ意識して考えてる時点で、すでに不自然じゃない? 本当に自分らしくいられてる人って、「自分らしくしなきゃ」なんて、いちいち考えてないものよ。
自分らしさを探すほど、迷子になる
いろんな人の話を聞いていると、「自分らしくいられない」と悩む人ほど、頭の中がとにかくうるさいの。
「これって自分らしいのかな」「あの言い方、自分っぽくなかったかも」「こうしないといけない、こうじゃないとダメ」って、ひっきりなしに自分を監視してる。
疲れない? それ。
本当に自然体でいる人って、そういうジャッジをいちいちやってないのよ。流れで動いて、その都度対応して、終わったら終わり。余計なことを頭に残さない。それだけの話なの。
「自分らしさ」を意識すればするほど、かえってそれが遠ざかっていく。こだわってる自分が、邪魔してるのよ。
こわばりが取れると、自然と自分が出てくる
「自然体って何?」って聞かれると、なんか特別な状態みたいに聞こえるかもしれないけど、そんなたいそうなものじゃないわ。こわばりを取ったあとに残るもの、それが自然体よ。
添加物を抜いたら素材の味がする、みたいなものね。「こうしないとダメ」「こうでなければ」って思い込みや力みを手放していくと、その下に、もともとのあなたがちゃんといる。
話しているとよく思うんだけど――悩んでいる人の多くは、自分が思ってるよりずっと、もともと自分らしいのよ。ただ、それに自分で気づけてないだけ。思い込みで覆いをしてるから、自分でも見えなくなってる。
だから、こわばりをほぐすことが先ね。「自分らしさ」を探しにいくより、「なんで今、不自然になってるんだろう」を見てあげる方が、よっぽど近道なの。
「自分らしく」は、目指すものじゃない
「自分らしく」って言葉ね、わたしも使うことはあるわよ。でもそれはあくまで便宜上で、本当は「不自然じゃない」ってくらいのニュアンスで使ってるの。
何かをめざして到達するものじゃなくて、余分なものを取り除いたあとに残るもの。「自分らしくなる」んじゃなくて、「自分らしくないものが取れていく」イメージね。
現代人って、頭で考えることにとらわれすぎていて、それは仕方ないんだけど、考えれば考えるほどこじれるケースって、本当に多いのよ。「自分らしく生きたい」という気持ちはあっていい。ただ、そこにこだわりすぎると、かえって身動きが取れなくなる。そのこだわりそのものが、流れを止めてるのよ。