LoveDecode

「どうせ私なんか」が口癖になっているあなたへ──やる気よりも先に整えるべきこと

何か一つ嫌なことがあるだけで「どうせ私なんか」となってやる気を失う。自己叱咤激励も効かなくなってきた人へ──その思い込みの正体と、心のほぐし方。

Original Article

キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。

オリジナル記事:嫌なことがあると、「どうせ、、」と考えている癖をやめるには

何かをやろうとしたとき、ちょっと嫌なことが一つあっただけで「どうせ私なんか何をやってもダメだし……」ってなる。

で、やる気がガクッと落ちる。

「やらなくちゃ、後で困るでしょ!」って自分に言い聞かせながら、なんとか動いてきたけど、その叱咤激励もだんだん効かなくなってきた。やらなきゃいけないのはわかってる、でもそんなに苦しまずにこなしていけるようになるには、いったい何が必要なんだろう──

こういう声、けっこうよく聞くのよね。

その思い込み、実は「嘘」が二つ混ざってる

人の心って、何重にもできていてね。面白いのが、一見「本当のこと」に見える思い込みの中に、ちゃんと確かめてみると「あれ、これ嘘じゃない?」ってなるものが潜んでいることが多いの。

この「どうせ私なんか」の場合、大きく二つの嘘が絡み合ってる。

嘘その一、「どうせ何をやってもダメ」。

これ、本人もうっすら嘘だってわかってるのよね。でも、信じ込んでいる度合いが深いと、嘘には見えない。それどころか、ちょっとうまくいかないことがあるたびに「ほら、やっぱりそうだった」って、どんどん強化されていく。失敗の一つひとつが、その思い込みの証拠として積み上がっていくの。

嘘その二、「やらなくちゃ、困るでしょ?」。

本当にそれをやらないといけないのか、実はほかの方法でもいいんじゃないか、あるいはそもそもその方向性ごと変えた方がいいんじゃないか──そこをすっ飛ばして「やらなきゃ!」だけを叫んでいる状態ね。しかも、叱咤激励しないと本当に動けないのか、そこも疑ってみたことがない。

潜在意識っていうのは、その人が信じたことしか見えない、起きない、解釈できない、という性質があるの。「どうせダメ」を信じていると、起きた出来事が全部「ダメだった証拠」に見えてくる。本来なら「誰でもする失敗」であっても、「やっぱりダメだった」になってしまう。こういうフィルター、外からはよく見えるんだけどね。

問題はやる気じゃなくて、「がっかり」の受け止め方

自己啓発でよく言われる解決策って、「やらなくちゃ困る」というネガティブなアファメーションを、「よしやってみよう」に変えましょう、っていうやつよね。まあ間違いではないんだけど、もう少し正確に言うと、

「がっかりしたけど、それはそれ。これ、やってみてもよくない?」

くらいのニュアンスが、いちばん自然な心の状態に近い気がするの。

本来は、何かうまくいかなかったとき、「あはは、そういうこともあるよね。で、次は?」ってさらっと切り替えられるのが健康的な反応なんだけど、それが「体でわかっていない」人ほど、叱咤激励しないと動けない、ということになりやすい。

じゃあ、なんで体でわかっていないのか。

多くの場合、幼い頃に「がっかりしたとき、それをちゃんと受け止めてもらえなかった」という体験が積み重なっているのよ。水をこぼしてしまったとき、「あーこぼしちゃったね、またくんでこようか」って笑ってくれる大人がいれば、子どもは「がっかりしても、また立て直せるんだ」と体で覚えていく。

でも、怒られたり、無視されたり、自分でも誰かに伝えられなかったりすると、がっかりすること自体が「大変なこと」になっていく。そこに「どうせダメ」という思想が、少し成長してからくっついてしまう。それがセットで出てくるのが、今あなたが感じているやる気の喪失なのよね。

こういう無理を重ねていると、気力がなくなるか、身体に出るか、あるいは周りとの関係がぎこちなくなってくるか、何らかの形でしわ寄せがくる。人間って本来、無理をさせて動かす生き物じゃないから。

「がっかりしている自分」を受け止めるところから始める

じゃあどうするか。

まずは、「なんだ、がっかりしてるんだ」って、ただ受け止めるところから。

「がっかりしてるんだな、うん、がっかりしてるぞ。おお、ちゃんとがっかりできてる」くらいの感じでいいの。笑えるかもしれないけど、本気でそれが大事。がっかりしたことを責めるのでも、「でもやらなきゃ」と蓋をするのでもなく、「そうか、がっかりしたんだ」とだけ、まず確認する。これが、水をこぼした子どもに「あはは、そういうこともあるよね」と言ってあげる感覚に近い。

必要なのはやる気じゃなくて、安心感なの。そこが満たされていくと、「がっかりしても大丈夫、次に行ける」という感覚が体に戻ってくる。叱咤激励しなくても動けるようになるのは、その後の話。

で、最後に一つだけ。

「どうせ私なんか」と思っている人の多くは、それが完全に真実だと信じ込んでいる。でもね、それが「思い込み」にすぎないかもしれないって、どこかで気づいているなら──それだけで、もう半分は出口に近いところにいるのよ。あとは、肩の力を少し抜くだけ。


応援よろしくね
カテゴリー
タグ
夫を変えようとするほど、あなたが不幸になる理由
2026-07-07
夫が話し合いを避けるのはなぜ?夫婦のコミュニケーションがうまくいく3つのコツ
2026-07-07