一つの方法にこだわってしまう心理――その奥に隠れている、本当の感情
「この方法しかダメ」と思いこんでしまう。そのこだわり、性格のせいじゃないのよ。奥に隠れた感情に気づくと、するりと楽になる話。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:無料相談 一つの方法しか使えない
「物事をひとつ決めたら、もうその方法しかダメだと思いこんでしまって、どうしても手放せないんです」
こういう話、けっこう聞くのよね。
はいはい、わかるわよ。でもね、これって「こだわりが強い性格」の話じゃないの。もっとずっと深いところに、本当のことがある。
こだわりの下に、隠れているものがある
感情をちゃんと感じきると、その問題って不思議と解消されるものなのよ。でも、こんなことを言う人がいるでしょ?「感情は感じてますよ?でも何も変わらないんですけど」って。
そうなの、それはね、ずっと繰り返してる感情が、「本当に感じたかった感情」じゃないから。
一つのやり方にしがみつく怖さ、変えることへのこだわり――それが表に出てきてる感情。でも、その下にはもっと豊かな感覚があるの。「ああ、これだ。これが私のやり方だ」って、しっくりほっとする感覚。自分の方向に、のびのびと動き出せる感じ。あなたが「こだわり」と呼んでいるもの、実はその本来の感覚に辿り着けなかった怖さが、繰り返されてるだけなのよ。
図星っぽいんじゃない?
これ、記憶より前の話だったりする
意外かもしれないけど、こういう根深いこだわりって、知識や経験が積み重なるよりずっと前の時期にはじまってたりするの。
生き物として、ただ自然に動きたかった、のびのびしていたかった。あれが正しい、これはダメって判断する前の、もっとシンプルな状態でいたかったのに、それができなかった。そのことが体にずっと残ってる。
親子関係のトラウマよりもっと早い話。記憶にもないような時期の、小さな体の怖がりかた。それが大人になって、「この方法じゃないと怖い」という感覚として出てきてたりする。
赤ちゃんの頃に体が怖がってしまったことが、時間が経って形を変えて「一つのやり方にしがみつく」という癖になる――これ、けっこうあるのよ。笑えないけど、笑えない話でもないの。
「ほっとしたかった」とひと言、認めてみる
じゃあどうするかって。難しいことは言わないわよ。
こう思ってみて。
「私は本当はほっとして、これでいいんだって感じたかったんだ。記憶にないけど、そういう感覚を欲しがっていたんだ。でも何かの事情でそれができなくて、怖いから一つの方法にすがってる自分がいる」
頭で理解しようとしなくていいの。なるほど、そういうことが起きてたんだな、とただ思っておくだけでいい。それだけで、あなたの中の何かが少しずつ動き出すから。
こだわってしまうのは、性格のせいじゃない。意志が弱いせいでもない。ただ、ほっとできなかった自分が、ずっとそこにいるだけ。
そう思えたら、ちょっとだけ、自分に優しくしてあげて。あなたの本質につながる扉は、責めることじゃなくて、認めることで開くものよ。