「どうせわかってくれない」という怒りが、夫婦・パートナーとのすれ違いをこじらせる理由
「どうせわかってくれない」という怒り、本当にやっかいよね。でもその正体、思ってるより小さくて、深いところにある。すれ違いがループし続ける本当の理由。
Original Article
キャシ天野さんの承諾をいただき、ブログ記事をLoveDecode流に再編集して掲載しています。オリジナル記事も合わせてご参照ください。
オリジナル記事:どうせあなたにはわからないよね、という怒りの癒し方
「どうせわかってくれない」という怒りって、やっかいなものよ。
その気持ちが強いとき、話しているのに話が伝わらない感覚、あるわよね。相手からすると、こっちの答えがちゃんと返ってきていないように感じてて、こっちはこっちで全然わかってもらえていないと感じてて――二人してすれ違ったまま、どこにも着地できない。
やりとりがかみ合わないのは、なぜ?
例えば、こんな会話。
「お箸を使うのが嫌なんだってば!」
「じゃあ、フォークを使えばいいじゃない」
「そうじゃないでしょう!」
「えっと、使わなくていいんじゃない?」
「違うでしょう!なんでわかってくれないの!」
相手は答えを出しているつもり。こっちは全然わかってもらえていない。永遠にすれ違うやつ、これ(笑)
お箸かどうかなんて、どうでもいいのよ。「嫌だという気持ちそのものを受け取ってほしい」――それが本音でしょ。その気持ちが認められない限り、何を言われてもしっくりこないし、相手がひどいことを言っているように聞こえてしまう。
その結果、「謝れ」「ひどい」「わかってない」がループして、ますます断絶していく。こういうすれ違い、あらゆる関係性の中で起きるけれど、特に距離が近い人――パートナーや夫婦の間でこそ出やすいのよ。近いぶん、「わかってほしい」の期待値も高くなるから。
「わかってもらえない怒り」の本当の正体
じゃあ、これを癒すにはどうするか、という話。
「お箸の問題を解決する」でも「わかってくれなかった怒りを誰かにぶつける」でもないのよね。よくある話として、過去に親にわかってもらえなかったから――と思って、頭の中でお母さんにわかってもらうイメージをしてみても、なかなか変わらないことが多い。試したことある人は、わかると思うけど。
本当の話は、もっと小さくて、もっと深いところにある。
自分が自分自身の感覚と、うまく調和できなかったような。でも特にそれを誰かに訴えることもなく、ただ時間が過ぎていったような。ぼんやりと、なんとなく無力だったような、気づいてもらえなかったような――そんな、ごくごく小さな記憶の断片のこと。
地味でしょ?大きなトラウマとか、深刻な話じゃないの。でも、そこにつながったとき、「あ、これだ」という深い感動が起きることがあるのよ。純粋で、優しくて、しっかりとした気持ちにつながる感じ。そのときに、本当の癒しが起きてくる。
こだわりは、出口を探している
「わかってくれない」という気持ちって、人を動かすほどの強さを持ってるわよね。それくらい、人間の中でも最も強い感情のひとつなの。
はっきり言うけど、大きなトラウマとか、愛されていないとか、そういう「重い話」に引きずられすぎるのは、潜在意識の罠よ。本当はもっとシンプルで、自分自身とつながることの話なのに、そっちに向かわせないために「ほかのこだわり」を持ってくるの。おもしろいでしょ?
でもね、そのこだわりが出てきているということは、まだ自分の中で何か出てきたいものがある、ということ。方法がわからないから、同じところをぐるぐるしてしまっている。
「わかってもらえていない」より、「自分が自分をわかっていなかった」かもしれない。そっちのほうが、ずっと核心に近い気がするわよ。
本当の意味で癒しが起きると、お箸がどうとか、そういうことはどうでもよくなってくる。そこにもうエネルギーを使わなくていい、ということだから。
そういう変化って、地味だけど確かに起きていくものよ。