杓子定規になる人ほど、本当は誰よりも頑張っている
はいはい、またこの話ね。
「こうしてください」と言われたら、そのまま一字一句守る。誰かが「まあ、このへんで」とか「今回はそこまで厳密じゃなくていい」みたいな空気を読んで、自分の判断で幅を持たせている横で、自分だけがそれができない。だから指示通りに動いて、パニックになる。
――そうそう、それ。よくある話よ。
仕事になると言葉をそのまま受け取って、逆に誰も介入してこない自分だけの世界になると、急に自由すぎる方向に振れる。両極端で、自分でも「脳の解釈機能がおかしいんじゃないか」って心配になる。はいはい、わかるわかる。でも先に言っておくけど、それ、脳が壊れてるとかそういう話じゃないから安心しなさい。
「幅」というのは、もともと感覚の話じゃない
まず大前提として、多くの人が自然にやっている「このへんで」「今回は守らなくていい」っていう判断、これ、センスとか感覚で降ってきてるわけじゃないのよ。あの人たちも、最初から幅を持って判断できたわけじゃない。経験の中で、「結果が同じなら手順は変えていい」というルールを、後付けで学習してきただけ。
つまりあなたに足りないのは感覚じゃなくて、判断するための「軸」。これさえ用意してあげれば、別に脳がどうとかいう話にはならないの。
大事なのは「結果」と「手順」を分けること
何かに取りかかる前に、まずひとつだけ自分に聞いてみて。「このやり方のまま進めたら、まずいことになりそうか?」これだけ。時間に間に合うか、このやり方で大きな問題が起きないか。この二点だけ最初に考えればいい。対処法がわからなくても全然構わない。気づいたことをとりあえずメモしておくくらいで十分。
ここからが本題。何か困ったことが起きたら、「ここは省いても大丈夫そうな部分」を探す癖をつけること。最初の見立てが下手でも問題ない。重要なのは、「変えていい手順」と「変えてはいけない結果」を、自分の中でくっきり分けて判断する練習をすること。
判断の基準はシンプルよ。「相手が最終的に欲しい結果」がちゃんと得られるなら、手順や方法はいくらでも変えていい。たとえば「その資料がいついつまでに仕上がっていればいい」というのが相手の欲しい結果なら、それが結果。そこへ至る道筋は、あなたが自由に組み立てていい部分。
だから最初にやることはひとつ。「結局、何が得られればOKなのか」を書き出すこと。ここが動かしてはいけない軸で、その手前の手順はぜんぶ動かしていい余白。これを区別できないまま全部を同じ重さで受け取るから、しんどくなるの。
変えた理由は、ちゃんと言葉にしておく
手順を変えるとき、自分なりに「なぜそう判断したか」を一言メモしておくこと。これがあれば、誰かに「なんでそうしたの」と聞かれても、自分の言葉でちゃんと説明できる。説明できるということは、自分の判断に自信を持っていいってことでもあるの。
逆に、これができないと、誰かに何か言われるたびに「自分が間違っていたのかも」って揺らいでしまう。結果が変わっていないなら、それでよし。胸を張っていい。
性格のせいにして終わらせない
「これは性格だから」って片づけられがちな部分だけど、実際はそうとも限らない。結果と手順を区別する練習、そして自分の判断に理由をつけて積み重ねていく練習。このふたつを地道に分けて扱っていけば、行動のしやすさは変わっていくものなのよ。
ごちゃっと一緒になっているものを、ひとつずつ小分けにしていくだけ。難しい話じゃないから、まずはひとつ、目の前のことで「結果は何か」だけ書き出してみなさい。それだけで、けっこう変わるから。