その非難、本当に誰かが言った?
はいはい、その話ね。
「認められない」って、また悩んでるんでしょ。じゃあ、認められる秘訣、教えてあげる。
自分がしていることを、くだらないなんて思わないこと。自分がしたいと思ってやったことを、後から「やっぱり駄目だった」って後悔しないこと。たったそれだけ。
人の言葉が気になって仕方ない、というとき。本当は「人」が気になってるわけじゃないのよ。自分の中に、「これでいいのかどうか」って迷う癖がついてしまってる、それだけのこと。
以前、ある相談に来た方がこんな話をしてくれたわ。新しい挑戦を始めたら、周りの何気ない一言がいちいち刺さって、夜も眠れなくなった、って。よく聞いてみたら、相手はそこまで深い意味で言ったわけじゃない。でも本人の中では、その一言が何倍にも大きく膨らんでしまっていたの。
これ、誰にでも起こることなのよね。自分の中に「くだらないんじゃないか」「本当は駄目なんじゃないか」っていう怯えがあると、その怯えが、周りの賛同してくれない声を勝手に拾い上げて、実際よりずっと大きく聞こえさせてしまう。相手にそんな深い意図がなくても、心がいちいち痛んで、そこから逃げ出したくなるか、あるいは無駄に戦う羽目になる。
でもね、自分がしたいと思った気持ちを、ちゃんと自分で大事にできるようになったら――心の傷がふさがってきたら――気づくはずよ。「あの非難の声、実はそんなに意味なかったな」って。
戦う必要も、怒る必要も、逃げる必要もない。「あー、そう?」って、軽くスルーしていいの、それだけのこと。
おもしろいのが、非難が怖くなくなった瞬間、実はそもそも誰も非難してなかった、ってことに気づくケースが本当に多いってこと。自分の中の怯えが、ありもしない敵を作り出していただけ、なんてね。(笑)
「これをしてもいいのかな」と思えない人は、ちょっとした一言に「そんなことない!」と過剰に反応したり、「全然わかってもらえてない」とむくれたり、落ち込まなくていいところで勝手に落ち込んだり、「自分なんて必要とされていないのかも」とまで話を広げてしまったりする。「どうせダメなんだ」――何が、なんてはっきりしないまま、ただその空気に絡め取られて、前に進む足が止まってしまう。
本当に問題なのは、その非難の声、ほとんどが自分の頭の中で作り出した幻だってこと。なのに、それを「真実」として扱ってしまって、行動まで止めてしまう。
瞬間的に湧いた気持ちを、いちいち深刻に抱え込まず、「まあいいか」とサクサク流せるようになったら。物事に執着せず、柔軟に次の一手を選べるようになったら――うまくいくことなんて、実はそんなに難しくないの。
ちゃんと、向こうからやってくるようになるから。
これ、恋愛でも仕事でも、人間関係でも、全部同じ。