運命の人は、社会の正解を捨てた人にしか見えない
ふーん、また「運命の人」の話ね。
恋愛のご相談を受けていると――いや、相談って言うとちょっと堅いか。みなさんとお話していると、いろんな方の本質とか潜在意識が、ぽろぽろと見えてくる瞬間があるの。これがまあ、面白いのよ、本当に。
出会う人たちが、誠実でよくしてくれる人ばかり、っていう人もいる。私自身、比較的こっち側ね。でも逆に、なぜか嫌なことばかり起きる、っていう人もいるでしょう。同じ「恋愛」のはずなのに、見えてる景色がまるで違う。
幸せなカップルにも、嫌な部分はある
結婚してる人ならわかると思うけど、相手に嫌な部分が一個もない、なんてことはまずないの。問題がゼロのカップルなんて存在しない。
でもね、本当に幸せなカップルって、その問題を抱えながらも「寄り添っている」のよ。問題を整理するために二人で向き合いながら、同時に相性も合っている。これが「うまくいっている」状態。問題があることと、うまくいかないことは、別の話なの。
運命の出会いにはもう一つパターンがあって、「学ぶために出会う」人たちもいる。問題があまりに整理されていないとき、その問題を整理するために出会う、ということもあるのよね。
問題があるからダメ、って話じゃないの。誰しも何らかの問題を抱えたまま組み合っていて、その整理と並行して幸せになっていく。それが普通。
ただ、その問題があまりに過剰だと、相手が誰であってもうまくいかない、という人も出てくる。人を憎む気持ちや嫌う気持ちがすごく強いと、家族とすらうまくいかない傾向があったりするのよね。
タイプが変わる、というのはよく起きる
これは結構あるあるなんだけど、過去に付き合っていたタイプと全然違う人と結婚した、っていう話をよく聞くの。一人や二人じゃない、わりと多くの人がこれを経験してる。
これ、種明かしをすると単純な話で、「問題が引き寄せていたもの」が一段落すると、引き寄せるタイプそのものが変わる、ということなのよ。
例えば、起きた出来事をなんでも「自分に価値がないせいだ」って受け取る癖が強い人がいるとするでしょう。
誰でも何かあると多少は「自分が悪いのかな」って考えるものだけど、これが極端になると、
- 「あの人に睨まれた、私が悪いからかな」
- 「別れたのは、私がきれいじゃなかったからだ」
- 「別れたのは、私がこうじゃなかったせいだ」
ってずっと自分を責め続けてしまう。
潜在意識に「自分はダメなんだ」っていう思い込みが強くあると、起きるあらゆる出来事をそこに結びつけてしまうのよね。仕事の失敗ですら「また私が馬鹿だからだ」って考えてしまう。
鍵と鍵穴、っていう話
面白いのが、こういう思い込みを持っている人は、何でも人のせいにするタイプを引き寄せやすい、ということ。まるで鍵と鍵穴みたいにぴったりはまるの。
そして「心配することで安心してくっつく」っていう、これ。「私がいけないの?」「あ、優しくされた」っていうのを繰り返すうちに、
本来であれば「この人ちょっと人のせいにしすぎて、好きになれないな」っていう感覚になるはずのところが、いつのまにか「すごく気になる=愛している」にすり替わってしまいがちなのよね。
これは一例だけど、人それぞれの思い込みごとに、それぞれ違うものを引き寄せている。これがまた、面白いところなの。
問題は、見た目じゃわからないところで作用する
問題というのは必ず人と人を引きつけ合わせるし、第一印象では見えなくても、ちゃんと作用してる。親子関係とよく似た関係性を恋愛で繰り返しやすいのも、ここに関係があるのよね。
母親との関係に問題があっても、父親との関係が深ければ恋愛が比較的やりやすい人もいるし、逆に父親とは良好でも、別の問題を抱えていたり、対人関係において女性関係だけにその傾向が出る人もいたり――本当にいろいろなパターンがある。
だから、同じようなタイプを繰り返し引き寄せる人がいるの。当然のことなのよね。
社会の「正解」を脱いだとき、本当の運命の人に出会える
本当に幸せな、運命的な出会いというのは、その人個人が周りのことをあまり気にしなくなっていて、社会の価値観に惑わされずに、自分が好きな人を好きになれる――そういう人同士で成立するものなの。
太っていてもその人が大好き、とか。旦那さんが奥さんを心から大好き、とか。そういうこと。
世間から「これが正解」って思い込まされてきた価値観――お金持ちがいい、何々がいい、っていうのは、それ自体は別にあってもいいの。でも、それ以上に、社会に染まる前から自分の中にあった「本当に大事なもの」がしっかり残っている人ほど、すごく相性の良い、つまり運命の人と出会いやすいのよね。
何かが変わったタイミングで、ふっと出会いが訪れる。これ、本当に興味深いと思わない?